レビュー本が1000冊を突破しました。
引き続きジャンルを問わず読んだ本をマイペースで紹介してゆきます。

絶滅危惧職、講談師を生きる



私は年に何度か寄席へ足を運ぶ程度の演芸好きであるものの、熱心なファンというわけではありません。

今やYoutubeなどで自宅にいながら様々なコンテンツを手軽に見ることができる時代になっていますが、寄席というさほど広くもない空間で生でプロの芸を聴くというのは、個人的にある意味で贅沢な時間の使い方だと感じています。

本ブログでも過去に円朝、志ん生、米朝、談志といった落語の名人と言われる人たちの本を紹介してきましたが、落語家に比べてかなり少ない講談師の本は今まで読んだことはありませんでした。

著者である神田松之丞は、本書の発表当時(2017年)では二ツ目の講談師であり、真打ちでない芸人が本を出版しているという点で異例ではありますが、今では真打ちに昇進し大名跡を継いで神田伯山へと改名しています。

それだけに本書の発表当時から将来を有望視されている講談師であったことは間違いありません。

本書は文芸評論家である杉江松恋氏が松之丞へインタビューを行うという形式で、自らの生い立ちや講談師になるまでの過程、さらに前座としての修行時代から真打ち昇進を見据えての将来像などを存分に語っています。

私自身は著者の師匠であり人間国宝でもある神田松鯉をはじめ何人かの講談師の高座は寄席で聴いたことがありますが、歴史小説が好きな私にとって宮本武蔵、忠臣蔵、清水治郎といった講談の題材が馴染み深いこともあり、すぐにその高座に引き込まれた記憶があります。

一方で著者の講談をまだ生で聴いたことはありませんが、今を代表する講談師の本ということで手にとってみました。

まず本書で驚くのは、著者がかなり早い時期に芸人を目指して計画的に行動しているという点です。

大学では定番の落語同好会などに所属せず、観客としての立場でひらすら寄席へ通い続けたという点です。

たしかに自らの芸を磨くのはプロになってから幾らでも出来るので、今しか見れない真打ちたちの芸を生でなるべく多く体験しようという考え方は理にかなっている気がします。

そして計画通り、神田松鯉一門に入門してからは、ひたすら自分の芸を磨くことに専念することになります。

下働きが多い前座時代から自分の芸を磨くことを最優先にするという姿勢は、時には脈々と受け継がれてきた伝統にはそぐわないこともあり、実績もない下積み時代から我が道をゆく松之丞の姿を一言で表すと、本人も語っているとおり面倒臭い新弟子以外の何者でもありませんでした。

それでもタイトルにある通り、落語家に比べて圧倒的に稀少な20代の講談師という立場、師匠の温かい人柄もあって前座時代を破門されることなく過ごすことができます。

私には著者が本当の天才なのかを判断することはできませんが、かつて天才と言われた人たちには多少なりとも変人扱いされてきた過去があり、たとえば志ん生は常軌を逸しているかのような半生を送った末に名人と評された師匠なのです。

著者の講談へ対する熱量が充分に伝わってくる内容ですが、自身の芸を高めてゆくだけではなく、真打ちに昇進する前から講談界全体の未来までを視野に入れて客観的に自身の役割を自覚しているという点にも驚きます。

今をがむしゃらに進むだけではなく、長期点な目標へ対して信念を持って進んでいるという点から察すると、今後の講談界は神田伯山を中心に回ってゆく可能性が高いのではないでしょうか。

ちなみに神田伯山ティービィーがYoutubeで開設されており、著者の高座も見ることができます。

さっそく数日にわたって中村仲蔵畔倉重四郎の全話の高座を見てみましたが、神田伯山という講談師の魅力が少し分かった気がします。

"少し"という表現をしたのは、やはり演芸は生で見てこそ本当の魅力が伝わるものであり、私も近いうちに生で神田伯山を味わってみたいと思いますが、今一番チケットが取りにくい講談師ということもあり、その機会を得ることが難しそうなのが心配のタネになっています。