レビュー本が1000冊を突破しました。
引き続きジャンルを問わず読んだ本をマイペースで紹介してゆきます。

雑賀六字の城



今まで本ブログで津本陽氏の作品を30冊以上紹介していますが、同氏の作品を読むのは久しぶりです。

本書は著者の代表的な歴史小説でタイトルから推測できる通り、戦国時代の雑賀衆を描いた作品です。

タイトルの"六字"は、浄土真宗の六字名号「南無阿弥陀仏」のことであり、雑賀衆の多くは熱心な本願寺門徒であると同時に、戦国時代を代表する鉄砲隊を中心とした傭兵軍団です。

似たような存在にすぐ隣の根来衆が知られていますが、雑賀衆と決定的に異なるのは、兵士たちの多くが本願寺門徒ではないこと、その結果として信長・秀吉といった権力者へ味方した点です。

また雑賀衆といえば鈴木孫一が知られていますが、本作品の主人公は雑賀年寄衆の1人である小谷玄意の三男である七郎丸という設定です。

著者は、この雑賀衆の仕組みを次のように分かりやすく解説しています。
雑賀衆とは、紀の川下流域のほぼ三里四方の平野に棲みついた、雑賀荘、中郷、十ヶ郷、南郷、宮郷の五つの連合国家ともいうべきものであった。
その人口は三万とも四万ともいわれ、狭い地域に当時としてめずらしいほど、密集した集落をかたちづくっていた。
雑賀五組とも、五搦(いつがらみ)ともいわれる五つの荘郷の盟主は、兵力、富力ともに最強を誇る雑賀の荘で、全雑賀衆一万ともいわれる動員兵力の過半を擁していた。
五組を代表する地侍は、妙見山に居館をかまえる鈴木孫一重秀、虎伏山に城郭をもつ土橋若太夫、宮本兵部太夫、狐島左衛門太夫など、四十人に及んでいる。

現在の和歌山市を流れる紀の川の南岸に位置する地域であり、主人公・七郎丸の父・玄意はその中の地侍の1人ということになります。

七郎丸には太郎右衛門、左近という2人の兄がいるという設定ですが、父を含めてこれらはすべて著者の創作によるものです。

本作品は石山本願寺で籠城する雑賀衆含めた本願寺門徒6万人へ対し、信長が10万の軍勢を率いて攻め込んだ石山合戦、さらに信長が10万の軍勢を率いて雑賀衆の本拠地へ攻め込んできた戦いを描いています。

信長は台頭してゆくに従い、武田家、浅井家、朝倉家、三好家、毛利家、上杉家など多くの大名と敵対しますが、その最大の敵は10年もの間戦い続けた本願寺勢力だといえます。

その本願寺にとって欠かせなかった戦力が雑賀衆であったことを考えると、いかに彼らの戦闘力が高かったが分かります。

主人公・七郎丸は初陣で石山本願寺へ出向き、そこで地面が動くかのような信長の大軍との戦いを経験し、さらには毛利海軍と連合しての海上戦などを通じて、雑賀衆の1人として成長してゆく過程が描かれています。

合戦の迫力、そして死が隣り合わせにある戦場の生々しい描写は著者の得意とするところであり、ほかの作品と比べても筆が冴えている印象を受けます。

著者は和歌山市の出身で、両親は毎朝念仏を唱える熱心な門徒であり、自身も5歳の頃からお経をそらんじていたといいます。
つまり著者の遠い先祖は雑賀衆の1人であった可能性が高く、自身の先祖が参加していたかもしれない合戦を描くという意気込みがあったからこそ生み出された名作であるといえるでしょう。