母の待つ里
世界最大手のユナイテッドカードが提供する世界最高ステータスであるプレミアムクラブの年会費は35万円。
そのプレミアムクラブ会員向けに1泊2日で50万円という価格で提供されているのが、ユナイテッド・ホームタウン・サービスであり、次のように宣伝されています。
ふるさとを、あなたへ。
1971年、マサチューセッツ州コンコード、ケンタッキー州エリザベスタウン、アリゾナ州メサの3ヶ所を拠点として始まった、ユナイテッド・ホームタウン・サービスは、現在全米に32のヴィレッジと100人以上のペアレンツを擁するプロジェクトに成長しました。
ユナイテッド・ホームタウン・サービスは別荘事業でもホームステイでもありません。失われたふるさとを回復し、過ぎし日に帰るという、ライフストーリーの提供です。
このたび、アメリカ合衆国におけるプロジェクトをそのまま日本に移入し、プレミアムクラブ・メンバー限定のサービスを開始する運びとなりました。
このホームタウン・サービスは、東北の雪深い山村で提供されており、そこには表札まで用意されたクライアントの擬似的な生家が用意され、84歳になる母親役が出迎えて手料理を振る舞ってくれるのです。
利用者は経営者、定年を迎えた会社員、ベテラン医師などいずれも60歳を超えた男女です。
彼らは最初は戸惑いながら、そして次第にほかのツアー旅行では得難い経験と感動を得ることが出来るのです。
そして彼らに共通するのは東京で生まれ育ち、今や両親も居なくなり、現在は1人暮らしで"帰るべきふるさと"を持たないという点です。
このホームタウン・サービスが提供されている地域は過疎化が進んでいるのものの、豊かな自然と美しい風景、そして絵に書いたような藁葺きの曲がり屋が生家が用意されています。
それはまるで「まんが日本昔ばなし」、もう少しリアルティのある例えをするとNHKの「小さな旅」の舞台となるような、日本人が共通して抱いている"ふるさとの原風景"なのです。
私の周りに元々地方の出身であり、定年、または定年自体を早めて帰郷して暮らしている人を何人か知っていますが、それは帰るべきふるさとを持っている人の特権であり、こうした"ふるさと"を持たない人たちを癒やしてくれるのがホームタウン・サービスなのです。
ホームタウン・サービスでは母親だけでなく、店の店主、寺の和尚、隣人に至るまで、訪れるゲストと昔から顔なじみのように接してくれる徹底ぶりです。
裕福な大人だけが楽しむことのできる道楽という妖しい設定のようにも思われますが、そこには始めからホストとゲスト双方が納得ずくのルールがあり、何よりもペアレンツ(母親)役のちよさんが心から(擬似的な)息子や娘たちをもてなす心を持っているというポイントがあります。
設定がかなりメルヘンチックなだけに大人が読んで楽しめる物語として成立させるのはかなり難しいように思えますが、稀代のストーリーテラーである浅田次郎氏は、それを軽々とクリアしてゆきます。
著者は東京都出身ですが、本書で使われている南部弁はかなり本格的で味わいがあり、作品の演出に大きな役割を果たしています。
これは「壬生義士伝」を読んでいるときにも感じたものでもあり、やはり一流のストーリーテラーにとって地道な雰囲気作りの努力は欠かせないものであることが分かります。
作品の部類としてはネタバレしない方が楽しめると思いますので詳しくは書きませんが、人の持つ優しさや寂しさを味わえる作品に仕上がっています。
