レビュー本が1000冊を突破しました。
引き続きジャンルを問わず読んだ本をマイペースで紹介してゆきます。

無芸大食大睡眠


麻雀放浪記」で有名な阿佐田哲也氏のエッセイ集です。

彼には色川武大(いろかわ たけひろ)というペンネームもありますが、こちらは純文学的な作品を執筆する時に用い、阿佐田哲也名義ではおもにギャンブル(その中でも特に麻雀)を題材とした作品の場合に使用するようです。

もちろんこれは著者が二重人格ということではなく、エッセイのときは阿佐田哲也名義のほうが、より自然体で本音を書きやすいということではないでしょうか。

著者は1929年(昭和4年)生まれで東京で育ち、「麻雀放浪記」の主人公・"坊や哲"のモデルが自分自身だったことから分かる通り、若い頃はかなりアウトローな経験を積んできたようです。

さらに東京というカルチャーの最先端に触れられるという利点を活かして博打だけではなく、演芸、演劇、映画、音楽、スポーツといった幅広い分野に造形が深く、盛り場にも早くから出入りしており、この分野でも生き字引のように詳しいようです。

こうした分野がそのまま著者の交友範囲の広さとなり、エッセイの中にも数え切れないほどの有名人が登場します。

エッセイの中で個人的に興味深かった部分を幾つか紹介してみようと思います。

本書の中に"開花しなかった芸人"という題のエッセイがあります。

TVやラジオといったマスメディアが発達し、世の中に爆発的に売れる芸人が出てきました。

現在存命の芸人であれば萩本欽一、ビートたけし、タモリなどが該当しますが、著者とは一世代年齢が離れていることもあり、本書でも名前は登場するものの殆ど触れらていません。

著者は開花しなかった芸人を以下のように定義付けています。
テレビに向かない芸がある。 ご家庭向きでない芸もある。 凄い芸の持主だったり、ユニークな才があっても、ブラウン管にはまらない孤高の芸がある。
演芸会ばかりに限らないが、こういう人たちはどうしてもマイナーな職場しかなくて、だんだんクサってしまう例が多い、

本書ではその代表例として、パン猪狩、マルセ太郎、深見千三郎(こちらは映画でビートたけしの師匠として名前が知られるようになった)などの名前が挙がっていますが、彼らの芸を知らなくとも楽しく読むことができます。

また"なつかしの新宿"という題のエッセイでは、著者がヤミ市の頃より盛り場に出入りしてこともあり、味わい深い店たちを紹介しています。
現在ある店で、一番古く、貫禄上位は「みち草」であろう。ここのママは七十をすぎたはずだが、まだ元気で店に出ているらしい。
それから「利佳」「ノアノア」「五十鈴」「小茶」「呉竹」。皆古いが健在のようだ。

これは本書に登場する店のほんの一部ですが、店ごとに俳優やミュージシャン、芸人や作家といった同業者が集まる特徴があったらしく、幅広い交友のあった著者はその殆どに出入りしていたようです。

私自身、しばしば新宿を訪れることがあるため気になって少し調べてみましたが、残念ながら現時点では殆ど閉店してしまっているようです。

こうした話題は映画、相撲、さらには競輪など幅広い分野で語られており、私自身が生まれる前の昭和10~30年代の風景が感じられます。

ただしこうした昔を振り返る話題だけではなく、普段の著者の暮らし、たとえば締切に追われてホテルに缶詰になっている間にも、誘惑に負けてそこを抜け出して酒場や麻雀へ出かけてしまうなど、著者の人間らしい一面も存分に楽しむことができる贅沢な1冊です、