レビュー本が1000冊を突破しました。
引き続きジャンルを問わず読んだ本をマイペースで紹介してゆきます。

偶然世界


現在、日本をはじめ民主主義国家では、直接的、間接的の違いはあれど選挙によってその国の最高権力者を選ぶ制度を持っています。

そして大多数の民主主義国家の国民たちは、その制度を独裁国家よりは望ましい(あるいはマシな)方法と考えているはずです。

しかし歴史が証明しているように、国民によって選ばれた権力者が常に正しい決断を行うのかは別の話になります。

そもそも民衆は無知で愚かなものであるという考えは、紀元前から直接民主政を行ってきたアテネ人たちの実感でもありました。

そこで登場するのが、今話題になっている「AI(人工知能)」です。
この先AIが人間よりもはるかに高度な知性を持ち、感情に左右されない理性を兼ね備えるようになれば、AIに最高権力者を選んでもらうのが最善の方法となるかもしれません。

本書はアメリカの代表的なSF作家であるフィリップ・K・ディックのデビュー作であり、まさしくそのような時代が到来した未来を描いた作品です。

作品の舞台となるのは23世紀初頭であり、地球を含めた太陽系の各惑星に60億の人類が住んでいるという設定です。

この人びとの頂点に君臨するのがクイズマスターと呼ばれる最高権力者であり、それはボトルと呼ばれる権力転送装置(つまり一種のAI)によって選ばれるのです。

しかしクイズマスターにはつねに公式に認められた刺客によって生命を狙われる存在でもあり、その座に就いて数時間、あるいは数日でその地位(と生命)を失う可能性があり、その就任期間は平均して2週間という短さです。

彼の描くSF作品は、綿密な科学的考証を元にした近未来というよりも、人間の本性を鋭く切り取ったようなある意味で突拍子もない未来世界であり、それだけに文学的なSF作品という見方ができるかもしれません。

このような無機質でシステマチックな未来をたくましく生き抜く主人公は、飄々としながらもハードボイルドな雰囲気が漂っています。

とくに本書はデビュー作ということもあり、荒削りな部分はありながらもその傾向が顕著に現れているような気がします。

本書はちょうど今から70年前に発表された作品でありながらも、現代に生きる私たちに考えさせる点があり、SF作品であると同時に文学作品であるといえるでしょう。