レッド・マーズ〈上〉
個人的に興味のあるアメリカ合衆国によるアルテミス計画(有人宇宙飛行の計画)が時々ニュースで報じられると、つい聞き耳を立ててしまいます。
この計画によれば2030年年代には有人火星探査を目指しており、現時点においてもNASAの無人火星探査機であるオポチュニティやキュリオシティによって新しい事実が次々と明らかになってきており、こうした記事がWebで公開されると同じくつい見入ってしまいます。
つまり最近になって急速に火星は遠い存在ではなくなりつつあるのです。
タイトルから分かるとおり本作品の舞台は火星であり、それも古典SFにあるような火星人が登場するような内容ではなく、人類が火星へ植民するという近未来を描いています。
上下巻で合計1000ページにも及ぶ長編であり、ストーリーの序盤では100人の科学者が南極での訓練を経て植民のために火星へ向かうことになります。
本書は1992年に発表されていますが、100人の科学者たちは2026年に火星へ向かって飛び立つという設定になっています。
また100人の科学者といっても地質学、生物学、植物角、農学、遺伝子工学、機械工学などさまざまな分野の専門家たちからなる人類の叡智を結集したチームであり、長い宇宙飛行を経て火星へ到着した後にはテラフォーミングという大きな使命が待っています。
テラフォーミングは最近急速に研究が進められている分野でもあり、簡単にいえば無人の惑星を人類が住める環境に変えてゆく計画や技術のことであり、大気が極端に薄く、かつ北極より気温が低く、高い宇宙放射線にさらされているといった過酷な環境下にある火星では避けては通れない道です。
現実問題として地球では人口増加に伴う資源の枯渇や自然環境の悪化という課題を抱えており、長い目で見ると人類の一部が火星へ移住することへの必要性はかなり現実味を帯びてきています。
もしかすると私の孫の世代には火星へ移住することが外国への移住のように珍しくない時代になっているかも知れません。
本書はまさにそうした近未来を描いた作品であり、SFの大家であるアーサー・C・クラークは本作品を次のように評しています。
驚愕すべき1冊。
これまで書かれた中で最高の火星植民小説だ。
来世紀の移民者たちにとって必須の書となるだろう。
本書は現代科学の延長線上に沿って書かれたリアルな描写が特徴であると同時に、ヒューマンドラマという面でも特筆すべき特徴があります。
それは科学者といえども普通の感情を持った人間であり、100人の間には恋人、同志、ライバル、さらには決して相容れることのない敵対者といったさまざまな関係性が生まれ、やがてそれらは幾つかのグループを構成してゆきます。
それでも彼らがバラバラになってしまえば過酷な環境にある火星への植民計画が失敗することは明白であり、彼らを必死にまとめようと悪戦苦闘するリーダーの視点からもストーリーが描かれており、大きな視点から見れば人類にとって火星をどのように開発すべきかといった問題へと発展してゆきます。
とにかく作品の分量に見合うだけの壮大な物語であり、読者をどっぷりと火星の世界へ浸からせてしまう魅力に溢れる作品になっています。