レビュー本が1000冊を突破しました。
引き続きジャンルを問わず読んだ本をマイペースで紹介してゆきます。

わたしの普段着



本ブログでも何冊か紹介してきた吉村昭氏のエッセイです。

本書の発表時点(2005年)では元気な様子の著者でしたが、その翌年に病没してしまうため結果的に最晩年のエッセイとなってしまいます。

本書には60篇にも及ぶエッセイが掲載されており、それらが以下の5つのテーマに分類されています。

  • 日々を暮らす
  • 筆を執る
  • 人と触れ合う
  • 旅に遊ぶ
  • 時を歴(へ)る

まず「日々を暮らす」では家や近所、身の回りの人々に関する出来事が中心に描かれており、一番エッセイらしい作品です。
70台半ばとなった著者は、若い頃に肺結核の末期患者と診断された時期から奇跡的に回復した経験を持っていますが、体の不調もなく元気な様子であり、それでも電車で席をゆずられる機会が増えてきたことなどが綴られています。

筆を執る」では、文字通り作家ならではの経験や、過去に発表した作品を執筆するに至ったきかっけなどが綴らています。
吉村昭ファンとしては興味深いエッセイであり、過去に読んできた作品へ奥行きを与えてくれます。

人と触れ合う」では、編集者、また作品を書き上げるために取材て訪れた先での出会いなどに留まらず、歴史上に埋もれていた人を掘り起こした経験も同様に"出会い"として扱っています。

旅に遊ぶ」では旅先での出来事が記されています。
著者は全都道府県を訪れており、例えば長崎には100回以上、札幌には150回以上、愛媛県宇和島には50回前後は訪れたといいます。

それでも著者はレジャーを目的とした旅行は皆無であり、また数回の講演のための旅行のほかは、すべて小説執筆のための取材旅行だったようです。
著者は1つの作品を書き上げるために何度も現地での取材を繰り返すことで知られていますが、その一端を垣間見ることができます。

最後の「時を歴る」では、自分の過去を振り返ったエッセイが中心です。
少年時代を過ごした町(日暮里)、風景、そして過去に出会い今は亡き人たちへの追憶からは、多くの名作を生み出し老境に差し掛かった作家ならではの雰囲気が漂い、そこからは吉村氏の原点や生きる上で指針としてきたことを垣間見ることができます。

ほかのエッセイでもそうですが、温和でありながらも作家としての"こだわり"は誰よりも強く、いわば真面目な職人肌である人物像が浮かんできます。

作家が追われがちな原稿の締め切りについても一度も遅れたことがないという逸話も、エッセイを読んでゆくといかにも吉村氏らしいと納得することができます。

趣味らしいものといえば、お酒が好きだったため飲み歩きくらいでしたが、この面でも酒癖の悪さを微塵も感じさせない「きれいなお酒の飲み方」が出来る人であったようです。

本書の帯には「静かな気骨に貫かれたエッセイ集。」という紹介があり、まさしくその通りだなと納得した1冊です。