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坂の上の雲〈5〉

坂の上の雲〈5〉 (文春文庫)

日露戦争においては、海陸いずれにおいてもロシアとの激戦が繰り広げられることになります。

その中で最大のものが、日本、ロシア双方で10万人近くの死傷者を出した「旅順攻囲戦」といえるでしょう。


当時の欧米にも経験の無かった近代要塞を巡っての攻防は、当事者のみならず世界中が注目した一戦でもありました。

「旅順攻囲戦」の総司令官となったのは、日本の第三軍を率いる乃木希典(のぎまれすけ)です。


彼は掛け軸に漢詩と共に描かれそうな古風な武将といった、風情のある軍人でした。


もっとも彼は江戸時代の武士教育を受けた最期の世代であり、その時代の最も厳格な教育者であった(長州藩の)玉木文之進に教えを受けた経歴のあることから、同じく教えを受けた吉田松蔭がそうだったように、一挙一動に隙が無く、品格のある人物だったことは容易に想像できます。


同時に多くの戦歴を持ちながらも、決して戦闘的な猛将タイプの性格ではなく、凡庸な将軍としてしか評価されていなかった乃木が日本の歴史上もっとも多くの血を流すことになる戦場の司令官になるというのは、彼自身が望んだものかは分かりませんが、薩長派閥が幅を利かす陸海の首脳陣の影響力が強く働いていました。


本作品に書かれているように、乃木の能力や決断力が不足していたといった評価や、旅順要塞をあれだけの犠牲を払って攻略するに足る戦略的な価値があったかについては、私自身の知識不足もあり明確な答えを持っている訳ではありませんが、その答え無くして乃木希典という人物に対して軽々しく評価を行うのは難しい思います。


作品の中からも日露多くの兵士が累々と屍を築いてゆく凄惨な風景を読み取ることができ、作者自身が戦争を体験していることを考えると、近代要塞に対して正面突破を試みる乃木の命令が無謀な姿に写ることも理解できる気がします。


しかしながら、乃木希典が日露戦争で戦死した兵士たちへ対して精神的な重荷を背負って生涯を過ごしたというエピソードは、彼自身が人格者であっただけに事実だと思います。


旅順要塞攻略の司令官だった名声と共に、明治天皇の死に殉じたという余りにも詩的な生涯を送った乃木希典を神格化したというのは、長所や短所をも受け入れて八百万の神として祭る日本文化を考えると、一方的に批判する気にもなれませんが、彼の一面だけを見て軍人の鑑(かがみ)とする日露戦争後の教育には強い違和感を覚えます。


一方で太平洋戦争(大東亜戦争)における敗戦の反動で、当時の行き過ぎた国家主義的教育を象徴する人物の1人であったため、教科書に載ることもなくなりましたが、当時の世界が注目する日露戦争において大きな役割を果たし、明治期の典型的な軍人であった乃木希典は、日本人として記憶しておくべき歴史上の人物の1人だといえます。