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坂の上の雲〈6〉

坂の上の雲〈6〉 (文春文庫)

本作品の主人公の1人である秋山兄弟の兄"秋山好古"。
日本騎兵の父」として知られている人物です。

日露戦争当時はライフル銃のみならず機関砲や手榴弾といった近代兵器が使用され始めた時代であり、戦国時代のように騎馬武者が戦場の花だった時代は既に遠い過去となっていた時代でした。


ただ飛行機やジープといった乗り物が登場していない日露戦争当時は、機動力を生かした偵察や奇襲といった活動に騎兵が重宝されていました。

すでに陸軍においては、歩兵が主力であり、騎兵は補助戦力としての位置付け程度の評価が日本においては一般的であり、使い方を1つ間違えれば(火器へ対する)防御力の無さから、簡単に全滅してしまう脆い存在でした。

ただし主力(歩兵)が膠着、もしくは不利な状況にあって、機動力に優れた騎兵が戦況を打破する可能性を秘めたものであることは、好古自身が誰よりも自覚していたことでした。


その好古にとって不幸だったのは、当時のロシアは世界一の精強騎兵団(コサック騎兵隊)を有している国であり、まともに正面から日本騎兵が戦える相手ではありませんでした。

もっとも陸軍の兵力や海軍の軍艦にしても数字の上でロシアに勝てるものが殆ど無い状態であり、好古に関しては日本騎兵を充分に訓練しつつも重火器を伴った機関砲隊を一緒に配備することで、貧弱な攻撃力(兵力)を補強する手段を考えました。


重火器を引きずりながら騎兵を扱うというのは、局面においては騎兵の最も優れた機動力を犠牲にするものであり、この一面を見ても当時の騎兵の扱いの難しさが想像できます。


実際の好古は、最前線であろうと悠々と闊歩する馬上で水筒に入れた酒を常に飲んでいるような指揮官であり、身なりに頓着せず、江戸時代の礼儀作法を重んじた武士というよりも戦国武将に近い雰囲気を持っていました。


若くて経済的な余裕の無い頃から自費でフランスに留学して、全くノウハウの無かった近代戦争における騎兵のノウハウを1から学んだ好古は「日本騎兵の父」としての重責を背負いながら沙河会戦からはじまり、黒溝台会戦奉天会戦で活躍し、世界最強のコサック騎兵隊を相手に優勢に戦いを進めてゆき、事実上の勝利を手にします。


男子は生涯、一事をなせば足る」といった好古らしく、シンプルで一途で、それがゆえに濃厚な人生を送った明治時代の軍人の姿がそこにはあります。


この作品を読み進めると日露戦争において好古のような人物は特別ではなく、たまたまスポットライトが当たったのが秋山好古であったと思わせるあたりが、当時の軍人の層の厚さを感じさせます。