心は孤独な数学者
数学者であり作家でもある藤原正彦氏が3人の天才数学者を題材にした伝記です。
数学が苦手な私にとっては、彼らの具体的な偉業が何なのかもよく分かりませんが、本書に登場する3人の経歴を簡単に書いてみます。
アイザック・ニュートン(1642-1727)
イギリスの数学者。
また哲学者、神学者としても知らる
有名な万有引力、そして二項定理を発見する。彼の著書「プリンキピア」は古典力学の基礎を築いたといわれる。
ウィリアム・ロウアン・ハミルトン(1805-1865)
アイルランド生まれの数学者。
10歳で10ヵ国語を習得としたといわれ、四元数と呼ばれる高次複素数を発見したことで知られる。
シェリニヴァーサ・ラマヌジャン(1887-1920)
インド生まれの数学者。
正規の大学教育を受けていなかったが、連分数や代数的級数の分野で新しい発見をする。
彼の発表したラマヌジャン予想は、その死後50年以上を経て解決がされ、また彼が残した数々の定理を多くの数学者が証明し終えたのは1997年といわれる。
3人を題材にした小説を書くために、藤原氏はイギリスやアイルランド、そしてインドにまで取材旅行を行うといった徹底ぶりです。
数学者の詳しい仕事は分かりませんが、とてつもない頭脳を持った人たちがなる職業だろうという漠然としたイメージはあります。
しかもこの3人は、その数学者たちが"天才"と認める人物なのですから、努力という次元ではどうにもならない我々とは違った思考回路を持っているとしか思えません。
しかし数学の分野で偉大な業績を挙げた彼らも、社会の中では1人の人間に過ぎません。
若くして名声を得るも、同じく名声を得ようとするライバル数学者たちと延々と論争を繰り広げ、後半生は政治の世界にも足を踏み入れてエネルギッシュな人生を送ったニュートン。
祖国アイルランドが飢饉に苦しみイギリスへ対して反乱を起こす中、ひたすら研究に没頭し、結婚が叶わなかった初恋の女性へ生涯思いを寄せ続けたハミルトン。
そして3人のうちでもっともページを割かれているラマヌジャンはイギリス植民地時代のインドの貧しい環境に生まれ、勉強する環境に恵まれなかったという経歴を持ちます。
そんな彼の書いたノートがたまたまケンブリッジ大学のハーディ講師の目にとまり、一躍注目される数学者となります。
並みの数学者が年に何個も発見できないような定理を、彼は毎朝半ダースも抱えて研究室にやってきたというエピソードがあります。
しかも彼自身は、信仰するヒンドゥー教の女神ナマギーリが夢の中で定理を授けてくれたと信じて疑いませんでした。
イギリスに渡り数学に打ち込む環境を手に入れたラマヌジャンでしたが、熱心なヒンドゥー教徒であり厳しい戒律を守っての暮らしは孤独であり、帰国して間もなく病気により若くして亡くなるという運命を辿ります。
数学者としてこの上ない名誉を得た3人ですが、彼らも普通の人と同じように人生に戸惑い悩みを抱き続けたという点は共通しており、読者としても共感を覚える部分が多かったと思います。
ちなみに本書は彼らの業績の中身よりも、その人生に重点を置いて書いてくれているので、私のような数学の素養がない人でもまったく違和感なく読むことができます。
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