毛沢東伝
中国史学者である貝塚茂樹氏が毛沢東の前半生を研究して執筆した本です。
毛沢東への興味よりも貝塚氏の著書を読んでみたいという気持があり、たまたま最初に入手したのが本書だったというのが正直なところです。
貝塚氏は中国史(特に専門は古代史)の学者であり、のちに京都大学で名誉教授となりました。
すでに昭和63年に故人となっている方ですが、中国史の分野で後世の学者や作家に大きな影響を与えています。
本書が執筆された昭和32年時点では日本において毛沢東を歴史的に考察するという作業が殆ど行われていませんでした。
その先鞭をつけたという意味で価値のある1冊です。
具体的に本書で言及されている期間は、毛沢東の誕生した1893年から長征を終えて日中戦争に突入する1937年までです。
毛沢東の前半生は革命家として、後半生は独裁者としての顔を持っています。
つまり本書では毛沢東の革命家時代を言及しており、本書が発表された当時は百花斉放百家争鳴が開始されたばかりで、のちに批判の的となった大躍進政策は姿形もありませんでした。
列強諸国による侵略、中国を新しく支配しつあった国民党が存在する中にあって第三の勢力として登場した中国共産党ですが、その歴史は苦難の連続であったといえます。
蒋介石率いる国民党軍に包囲され立てこもった井崗山(せいこうざん)、劣勢の中で包囲網をくぐり抜けて敢行した長征は、毛沢東にとって薄氷を踏む思いの日々であり、その中にあって揺るぎない信念と絶望することを知らない強靭な精神力、そして大胆な戦略眼は英雄としての資質があったと評価するしかありません。
常に民衆と共に活動し続けた姿を言及する本書を読むと、どこか西郷隆盛と重なるイメージがあり、未だに中国人たちが敬意を抱く存在であることも納得できます。
少なくとも本書に書かれている範囲では、後に独裁者としての顔をもたげることになる彼の姿を感じることはできません。
それだけに留まらず毛沢東には、学者、思想家、教育者、軍人、詩人としての一面を持っており、その人物像はあまりにも巨大です。
世界的に見ても20世紀を代表する歴史的人物の1人であり、今後の中国史において秦の始皇帝や漢の高祖と比肩しうる重要な人物となることは間違いありません。
日中戦争という過去や現在の両国関係の冷え込みを考慮すると、特に日本人にとって現時点で歴史上の評価が難しい人物なのではないでしょうか。