病牀六尺
病床六尺、これが我世界である。
しかもこの六尺の病床が余には広過ぎるのである。
有名な書き出しではじまる正岡子規の随筆です。
結核による長年の闘病生活で殆ど寝たきりになった子規は、死の二日前までこの随筆を書き続けました。
すでに7年近くにわたり闘病を続けてきた連載開始の時点で、彼は自分が死の床にあることを悟っていました。
本書には壮絶な闘病の日々が記されていると思えば、実際には"絶望"という雰囲気は微塵も漂っていません。
それは何となく漂う"諦め"のようですが、実際には静かに"死を受け入れた心境"だったように思えます。
自身が苦痛により絶叫や号泣する姿、そして看病する母や妹への愚痴さえも風景を描くかのように綴っており、そこには強がりも恐怖も感じさせない自然な文章として表現されてゆきます。
俳人として、また文章家として写実(写生)を取り入れ、近代日本文学へ多大な影響を与えたといわれる正岡子規は、その最晩年の随筆に至ってそのスタイルを完成させたのかも知れません。
話題は闘病の日々、俳句の批評、新聞で読んだ時事に関すること、絵画の感想や食事の内容等々多岐に渡り、そのまったく衰えない好奇心に、その背景を知る後世の読者は驚かずにはいられません。
病魔により肉体は衰弱しても、その精神は最後まで衰えませんでした。
これは正岡子規の強靭な精神力と努力が成し遂げたものではなく、彼が持って生まれた性格や才能によるものだと考えるしかないのではないでしょうか。
本作品は青空文庫としても公開されているため、気軽に手にとってみてはいかがでしょうか。