レビュー本が1000冊を突破しました。
引き続きジャンルを問わず読んだ本をマイペースで紹介してゆきます。

風花病棟

風花病棟 (新潮文庫)

本ブログで何度か紹介している箒木蓬生(ははきぎ ほうせい)氏の作品です。

本書には短篇が10本収められていますが、おもに長編を発表することが多い著者の作品の中では珍しい1冊です。

箒木氏自身が精神科の開業医であることをから医療をテーマに扱った作品が多く、それは本書にも当てはまります。

客観的に見れば、医師は患者の病気や怪我を治す立場であり、患者は治療を受ける立場です。

また私を含めた大部分の人が当てはまる患者の主観からすると、医師はどこか距離感を感じる存在でもあります。

それは医師が治療に対する専門知識や技術を持っており、状況によっては自分たちの生命を委ねざるを得ない"特別な力"を持った人間という意識がそうさせてしまうのではないでしょうか。

彼らの素顔が"普通の人間"であることを頭では理解していても、いざ自分が患者になったときのこうした感覚は拭うことができません。

分かり易くいえば、医師と患者との間に横たわる明確な上下関係を感じてしまうのです。

一方で医師にとって患者は「お客様」であるという考えも、医療の中に商業主義が入り込んでいるような気がしてイマイチしっくり来ません。

本編に収められた作品は、どれも患者と向き合う医師をテーマに書かれおり、そんな私の迷いを感動と共に少しずつ氷解させてくれるような作品が並んでいます。

著者はあとがきで次のように述べています。
病気は即苦悩と直結する。
患者は悩み、苦しみ、それでも生きていかなかればならない。
医師が心打たれるのは、そうした患者の懸命な生き方なのである。百の患者がいれば百の悩みがあり、それぞれに課せられた問題に懸命に立ち向かう姿を、医師は見せつけられる。

私は、まさにここにこそ、<患者こそが教科書>という言葉の本当の価値があるのだと思う。
医師は患者によって病の何たるかを教えられるのではなく、人生の生き方を教えられるのである。良医は患者の生き方によって養成されるのだ。

箒木氏の優れたところは、自らが信念として持っている患者との向き合い方を優れた小説として表現できるところです。

本書に収められている作品は、スーパードクターが難病を手術によって治療するようなストーリーは1つも収録されておらず、どこまでも地に足を着けて医療現場を描こうとしている姿勢にも共感が持てます。