ビタミンF
重松清氏の短篇集です。
本作に登場する主人公は、いずれも40歳前後の妻子のいるサラリーマンという設定です。
つまり平凡な人生を送っていると考えられている成人男性であり、著者の重松氏がもっとも本書を読んで欲しいと願う読者層でもあるのです。
私が子供の頃の40歳男性といえば完全な"オジサン"であり、"冴えない中年"という漠然としたマイナスのイメージしか持っていませんでした。
しかし自分が同じ年代になってみると、子どもの頃に抱いていた印象とはだいぶ違うことに気付きます。
学生時代のような体力こそありませんが、まだまだ老けこむ年ではありません。
自分より一回りは若い部下がいる一方、上の世代の人間も星の数ほどいます。
つまり典型的な中管理職の立場であり、勢いに身を任せられるほど若くもなければ、老練の策士にもなりきれない中途半端な時期なのです。
しかし本書に登場するような妻子ある中年サラリーマンであれば、仕事の最前線でそれなりの責任を任せられている立場であり、子育て真っ最中の時期だけにやがて訪れる受験や進路を考えなければいけませんし、教育費や家のローン含めた経済的な不安、そして老年に差し掛かった両親に健康上の問題があれば、それも心配の種になります。
そんな中年男がふと立ち止まり過ぎ去った若い時代や、何となく見えてきた人生のゴールに思いを巡らすとき、すべてを投げ出したくなる衝動が出てきても不思議ではありません。
本書に登場する主人公たちは決して"カッコいいヒーロー"のような存在ではありませんが、直面した問題に正面から向き合い、時には家族や同僚の力を借りながら泥臭く乗り越えてゆく物語が収められています。
見方を1つ変えれば、人生でもっとも忙しくプレッシャーを感じる日々は、もっとも充実した日々であり、それを"青春"と表現しても間違いではありません。
架空の栄養素"ビタミンF"を物語というカプセルに詰め込んで日本の中年男性に届けたい。
そんな作者の想いが充分に伝わってくる1冊です。