ブナの森を楽しむ
山道を車で走行していると、もっとも目にするのは整然とそびえ立つ杉林です。
もちろん人工的に植えられた木々であり、そこは薄暗く野生動物の住処という雰囲気は微塵も感じられません。
かつてブナは日本の森を象徴する代表的な木であり、ヒトを含めた多くの動物や昆虫たちの食料をとなり、そして多様な生態系を育んできました。
ところがブナを木材という商品価値で見ると、その価値の低さから急速に伐採されてその姿を消してゆきました。
特にブナの原生林に至っては殆ど残されておらず、白神山地が世界遺産に指定されたことからもその希少性が分かります。
本書は長年渡り森を研究のフィールドをしてきた著者(西口親雄氏)が、ブナの森の魅力を余すことなく伝えた1冊です。
専門的な内容が含まれるものの、ブナの特徴や見分け方から紹介してくれるため、一般読者でも取っ付き易い内容になっています。
ブナの木と共に暮らす日本特産種の昆虫たち、そこで行われる食物連鎖といった話題から、ヨーロッパのブナ林との比較、後半には森林管理に関する提言や、森を守るボランティア活動といった政策面についても言及しています。
例えばブナは多くの野生動物にとって貴重な食料源であり、ブナを中心とした本来の森が残されていれば秋に人間を襲うクマの被害は少なくなるでしょうし、杉一辺倒の人工的な針葉樹林ではなく、根をしっかりと張る広葉樹が植えられていれば、土砂災害を軽減することが出来たかも知れません。
さらに世界遺産に登録された白神山地へ観光客が押し寄せる現状にも苦言を呈しおり、あとがきでは貴重なブナの原生林を保存するために次のよう書いています。
日本のブナ林のなかでどこか一ヶ所ぐらい、入山禁止の原生林があってもよいのではないかと思う。その条件をもっともよく備えているのが、白神山地といえる。
しかし、白神山地のブナ林が、朝日連峰、熊栗山・裏八幡平・八甲田連峰のブナ林より、とくにすぐれているとは思えない。なぜおおぜいの人が白神山地に入りたいのか、理解に苦しむ。
~中略~
また一般の登山家に申したい。東北には、楽しいブナの森がいっぱいある。なにも白神まで行く必要はない。白神はクマゲラに返そうではないか。
森林と身近に接していない私を含めた多くの日本人にとって、ブナ森の本当の価値を気付く機会は殆どありません。
本書は、そのような読者の視野を広くしてくれる貴重な本ではないでしょうか。