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ローマ人の物語〈43〉ローマ世界の終焉〈下〉

ローマ人の物語〈43〉ローマ世界の終焉〈下〉 (新潮文庫)

約4ヶ月に渡ってブログで紹介し続けた「ローマ人の物語」もいよいよ今回で最終回です。

残念ながらローマ帝国は前回で滅亡していますが、本巻ではローマ帝国の中枢だったイタリア半島を巡る蛮族たちにの統治時代、そしてその奪還を試みる東ローマ帝国(ビザンチン帝国)との抗争が中心に紹介されています。

蛮族の混成軍を率いたオドアケル、続いて東ゴート族を率いたテオドリックによって約半世紀に渡ってイタリア半島は蛮族の支配を受けることになります。

そして意外なことに、西ローマ帝国が蛮族との戦いに明け暮れた時代よりも平和を取り戻すことになるのです。

"蛮族"と表現すれば当然のように"野蛮"というイメージに結びつきますが、敵対関係とはいえ長年に渡りローマ人を見てきたオドアケルやテオドリックは、もはや未開の蛮族などではなく、内政に精通したローマの旧支配者階級(旧元老院階級)の人材を活用することで安定した治世を実現するのです。

つまり「パクス・ロマーナ(ローマによる平和)」から「パクス・バルバリカ(蛮族による平和)」の時代へと移り変わったのです。

しかし皮肉なことに、この束の間の平和を壊すのは元同胞たちであった東ローマ帝国なのです。

すっかりオリエンタル地方特有の絶対君主制が根付いた東ローマ帝国のユスティニアヌス大帝は「ローマ法大全」を編纂させたことで歴史上有名ですが、カトリック教徒を蛮族の支配から解放するという大義名分の元、滅亡した西ローマ帝国の旧領を回復するという事業にも熱心に取り組んだ人物でした。

軍事の経験が一切なく、自ら戦場へ赴くなど微塵も考えなかったユスティニアヌス帝は、ベリサリウス将軍へ軍勢を預けて遠征を実行します。

一方でかろうじて安全保障を保っている東ローマ帝国には大軍を編成できるほどの国力を持っていませんでしたが、このベリサリウスが司令官として抜群に有能だったことから、少数の軍勢で目を見張る活躍を見せます。

相手の数に劣る軍勢で敵軍を破る指揮官ならばアレキサンダー大王ユリウス・カエサルはじめ6世紀の時点でも数々の先達がいましたが、彼らとベリサリウスが決定的に違うのは、前者が指揮官として優れていただけでなく、将来への大きなビジョンと野望を持っていたのに対し、ベリサリウスは皇帝の命令に忠実な根っからの軍人に徹したことです。

そしてイタリア半島を巡る18年間に及ぶ戦役が開始され、ローマを含めたイタリアは徹底的に破壊され続けます。

人口は激減し、土地は荒廃し、生き残った住民たちも重税によって苦しみ続けるのです。

結果として東ローマ帝国の国力も疲弊し、やがてマホメットによって開かれたイスラム教が拡大し、のちにイスラム国家の台頭に伴い中世が幕を開けるのです。

もはや古代ローマ人といえる人物は皆無であり、「ローマ人の物語」は終焉を迎えます。


本書「ローマ人の物語」を分類するのであれば歴史小説になりますが、基本的には史実にのみ基づいて一人称ではなく、ローマ史を俯瞰的に描いています。

文献が少ない出来事については著者の想像や推測で補うことはしても、はっきりとそれを読者へ伝える方法をとっています。

しかしそれだけであれば本書は「ローマ通史の教科書」ということになりますが、やはり歴史小説と断言できるのは、著者の主観、そして何よりも古代ローマ人への想いが作品の隅々にまで散りばめられているからです。

1200年以にも及ぶ期間、そして数々の登場人物を考えれば文庫本にして全43冊という分量となるのは当然であり、著者の塩野七生氏がラテン語、イタリア語に精通して長年に渡りイタリアを拠点に活動し続けた作家ということを考慮に入れても、やはり日本人が本書のような作品を完成することができたのは快挙ではないでしょうか。