理想の野球
本書は南海ホークス、ヤクルトスワローズ、楽天イーグルスなどの監督を歴任した野村克也氏がサンケイスポーツ紙上で連載した2011年のレギュラーシーズン、2007~2010年の日本シリーズの野球解説を新書にまとめたものです。
普段スポーツ新聞を読まない私にとって、たとえ過去の試合であっても野村氏の解説をまとめて読めることに贅沢を感じてしまいます。
ID野球を提唱した野村監督は「必死に打球に喰らいつてゆけ」、「気持ちでボールを投げろ」といった精神論に寄った指導ではなく、対戦相手のデータを駆使して「相手バッテリーの配球を読め」、「相手バッターの癖を見抜け」といった緻密な計算に基づいた指揮を行うことで知られています。
もちろん精神論を軽んじているわけでなく、プロ野球選手であればそうした心構えは当然という前提があり、その上で根拠の無い勘に頼ったり、まして何も考えずにプレーすることをもっとも嫌います。
選手、監督として申し分のない実績に裏打ちされた明快な理論、どの選手、監督(時には球団フロント)へ対しても歯に衣着せぬ発言が野村氏の持ち味だといえます。
そんな野村監督らしい解説をほんの一部だけ紹介します。
星野監督は積極性を選手に植え付けたいという。私も積極性を重んじるが、そのアプローチは異なる。「何が何でも第1ストライクから」では、選手が自由をはき違えて淡白な野球になる。だから「打者有利のカウントでは思い切って狙い球を絞って打ってゆけ」などと指導してきた。
星野監督といえば熱血な指導で知られていますが、理論派の野村監督との対比が分かりやすく出ています。
団体競技である野球の原点とは何か。「まとまり」にほかならない。「後ろへ、後ろへと回していこうと考えていた」好調だった夏に、連打が生まれて勝った試合の後に、はからずも宮本慎也が口にしていた。
戦力的に不利なチームを率いて強豪チームを倒すことを醍醐味としていた野村監督らしい言葉です。
私は、「野球の底力」ではなく、「プロ野球の底力」を見たい。全力疾走、フルスイングへの称賛・・・・・。それだけなら「アマチュア化」ではないか。プロは、難しいことを簡単に見せてこそ、である。
野村監督は選手を滅多に褒めないことで知られていますが、プロ野球選手が人の見えない所で努力するのは当然であり、つねに今より高いレベルに到達することを選手たちに求めてきました。
誰もが認める選手だった古田敦也氏でさえ、野村監督には一度も誉められたことがないみたいです。
今の監督は全体的に"選手を誉めて伸ばすタイプ"に偏り過ぎているかも知れません。
パ6球団で、茶髪、長髪、ヒゲが多いのは日本ハム、ロッテという外国人監督が率いる強豪球団である。たかが茶髪、かもしれない。だが選手教育とは、人間教育、社会教育を基に成り立っているものだ。
これも野村監督らしさが出ています。
「髪の乱れは心の乱れ」、選手のしつけも監督の責務と捉えていたのは、何よりも野球少年たちにとってプロ野球選手はお手本であるべきという信念を持っていたからです。
野村克也氏の野球解説を通じて、その根底にある考え方と野球の奥深さを堪能できた1冊でした。