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ファーストレディ〈下〉

ファーストレディ〈下〉 (新潮文庫)

引き続き遠藤周作氏の「ファーストレディ」下巻のレビューです。

本作品の主人公の1人渋谷忠太郎は、典型的な保守派の政治家として描かれます。

地元に利益誘導をすることによって強固な地盤を築き、党内でも将来性のある派閥につき政策よりも政治工作に熱中し、その背景には金が飛び交うようなイメージです。

忠太郎は架空の人物ですが、彼とともに登場する政治家は吉田茂に始まり、鳩山一郎岸信介池田勇人佐藤栄作三木武夫そして田中角栄に代表される実在の政治家たちです。

もちろん彼らには有能な政治家としての才能、魅力、そして一種の凄みがあるものの、忠太郎は彼らを見て「金が政治を動かす」という信念を持ち、ひたすら党内で出世し続けることのみが目的となり、次第に自分を見失ってゆくのです。

これはある意味では金と地位を求め続け、生涯そこに疑問を抱かない政治家が存在することへ対する"救い"と解釈することもできます。

また大臣にまで出世した(忠太郎)を支え続け、ファーストレディへの階段を順調に歩みつつも喜ぶことの出来ない百合子にとっても"救い"になってゆくのです。

一方で忠太郎夫妻とは対照的な、弱者を助けるために弁護士になった辻静一、その妻であり患者を(真の意味で)癒やすために働く愛子たちにもやはり"救い"は必要なのです。

4人の主人公たちは戦後、別々の道を歩いてきましたが、やがて彼ら(彼女たち)が超えられない困難に直面したとき、再びその道が交わる瞬間が本作品のクライマックスになります。

それは長編小説の中に周到に準備してきた伏線がすべてつながる瞬間であり、昭和を代表する作家として、そしてキリスト教文学者としての遠藤周作氏の作品の奥深さを読者が味わう瞬間です。

始まりは若々しい青春の物語、そして充実の立身出世の物語へと進んで、やがて人生の挫折を知る悲劇の物語、最後は命と愛の物語で締めくくるという、映画のスクリーンのような本作品は、隠れた名作といえるのではないでしょうか。