レビュー本が1000冊を突破しました。
引き続きジャンルを問わず読んだ本をマイペースで紹介してゆきます。

アメリカ素描


司馬遼太郎といえば誰もが認める日本を代表する歴史小説家です。
それはイコール"日本の歴史を描いた小説家"というイメージであり、実際に代表作のほとんどが日本の歴史を扱ったものです。

なにより著者自身が、その歴史を実感を伴って想像できるのは、日本からせいぜい中央アジアのエリアまでだという旨を幾つかの著書で述べています。

本書は、新聞社の企画でアメリカへの取材旅行を持ちかけられた場面から書き起こしています。

はじめは躊躇していた著者でしたが、やがて気が変わりカリフォルニアを中心とした西海岸、そしていったん帰国して時間をおいてからニューヨークを中心とした東海岸へそれぞれ約20日間ほど滞在した時の感想や体験を1冊の本にまとめたのが本書です。

幕末や明治時代を舞台にした作品の中で艦隊を率いて開国を迫ったり、また日露戦争で大きな役割を果たしたアメリカの存在は大きく取り上げられており、元からその歴史的知識は充分であったことは言うまでもありません。

時期はおそらく今から約30年前(1980年代中頃)だと思われますが、当時はすでにハイテク産業が巨大になりつつあり、インターネットは一般的に普及していないながらも、その基礎となる技術はほぼ完成していました。

さらにハリウッド映画はすでに隆盛を迎えており、音楽やファッションの面でも世界の最先端は常にアメリカがリードしている時代を迎えていました。

これは本書の発表された時代がすでに、2016年現在のアメリカとほぼ同じイメージであったことを意味します。

さらにこの取材旅行の特徴は、史跡や博物館といった展示目的の場所にはほとんど立ち寄らず、今も変化し続けている町、そしてそこに暮らしている市井の人びとと積極的に会うことでアメリカという国を肌で感じようとしていることです。

著者はアメリカへ飛び立つ前に、以下のような概念を仮定として用意しました。

~ 中略 ~
アメリカとは文明だけでできあがっている社会だとした。しかし人は文明だけでは生きられない、という前提をのべて、だからこそアメリカ人の多くは、何か不合理で特殊なものを(つまり文化を)個々にさがしているのではないか、
~ 中略 ~

言うまでもなくアメリカはさまざまな国からの移民たちによって成立しており、それが"人種のるつぼ"と言われる所以です。

言語こそ英語が主流であるものの、同じアメリカ人の間でも先祖の出身地ごとに生活習慣や文化には多様性があることは私でも理解できますが、それだけでは今も爆発的に世界の最先端技術やエンターテイメントを生み出し続けるアメリカの巨大なエネルギーの源泉を見出すことが難しいように思えます。

著者がアメリカを訪れた時代のみならず、現在隆盛を迎えているインターネットを例にとってみてもGoogle、Apple、Amazon、Microsoftをはじめとして、FacebookやTwitter、YAHOO!などアメリカから生まれたサービスを挙げればキリがありません。

しかし今から30年も前に書かれた紀行文でありながら、そこからは現代でも通じるアメリカの本質が見えてくるような気がします。

私は、無器用で、趣味とか娯楽とかいえるようなものを持っていない。
せいぜい、小説を書く余暇に、文明や文化について考えたり、現地にそれを見たりすることが、まずまずのたのしみであるらしい。

著者はこのように謙遜していますが、本書はするどい洞察力、円熟した思考力でアメリカを捉えようとした名著ではないでしょうか。