レビュー本が1000冊を突破しました。
引き続きジャンルを問わず読んだ本をマイペースで紹介してゆきます。

スタンフォードの自分を変える教室


タイトルの"自分を変える"からは、自己啓発、またはビジネス書のような自己変革のための本という印象を受けます。

たとえば偉人たちのエピソードや、成功した経営者の考え方を引き合いにしてゆき読者のやる気を誘発するといった主旨の本を想像してしまいます。

しかし世の中の殆どの人にとって偉人となることも大金持ちになることも現実的ではなく、そもそも人生の目標は人それぞれです。

本書の"自分を変える"ための目標とは、ダイエットや禁煙であったり、借金を返すことなど身近なものばかりを取り上げています。

そして多く人にとって、ある目標を達成するためにもっとも不足しているのが"意志力"であると著者は指摘しています。

オリンピックで金メダルを獲得する、大企業でトップの実績を上げて出世するといった目標であれば"意志力"のほかに"才能"や""という要素が必要になってきますが、本書で挙げられているような身近な目標であれば、意志力さえ継続できれば達成できるように思えます。

著者のケリー・マクゴニガル氏はハーバード大学で博士号を取得している新進気鋭の心理学者であり、彼女がスタンフォード大学で開催した10週間の講座は高い評価を受け、多くのメディアに取り上げられました。

本書はその講座を再現したものであり、10週間のプログラムによって心理学、医学的な見地から意志力に関する最新の見解、そして強化の方法を紹介しています。

よって本書も10章から構成されており、本書を読み進めて実践することによって効率的に意志力を強化できるという内容になっています。

ただし、まず最初に断わっておくと、本書で紹介されている内容はどれも目から鱗が落ちる革新的なものではありません。

たとえば本書で紹介されている一例として、

  • 睡眠不足に陥るとストレスや誘惑に負けやすくなる
  • 失敗した時は自分を責めずに許す
  • 他人の欲求(意志力)は感染する

などです。

しかし本書が優れているのは、こうした方法を紹介する前に意志力の正体や性質を丁寧に解説してくれる点です。

たとえば医学的に意志力は脳の前頭前皮質という部分がコントロールしており、人類の進化に欠かせない要素として他の動物より発達してきました。

一方で脳の中心にある扁桃体という部分は、前頭前皮質が発達する以前から生存本能(原始的な欲求)に密接に関わっており、ここから発せられる信号は前頭前皮質の活動を妨げます。

こうした前提がある上で扁桃体が発する衝動的な欲求を抑える方法を最先端の研究成果や豊富に引用される実験データから分かり易く説明してくれるため、画期的な方法でなくとも納得しながら読み進めることができます。

目標に向かって継続する意志力が弱まり、目の前の欲求が勝ちそうになった時、私たちの脳で何が起きているのかを理論的に知ることができるのです。

そしてもう1点評価したい点は、著者の大学での講座を本書で再現するという形をとっており、そして大人気を博したプログラムだけに堅苦しい講義が延々と続くということはなく、各所にジョークを散りばめて、読者(受講者)が眠くなったり、飽きたりしないよう配慮されている点です。

一気に読破するだけでなく、本書を開けばいつでも講座を再現できるため、意志力強化の手引書として気の向いた時に手にとって読むのが有用な活用法ではないでしょうか。