オーストラリア6000日
あとがきからの引用ですが、本書はオーストラリアの大学で教授として教鞭をとっている著者(杉本良夫氏)が次のような想いで執筆した本です。
この本は、私を取り巻く個人的なかけらを組み合わせて書き綴ったもので、学問的な均等を保って、オーストラリア社会の全体像を提示しようという試みではない。メルボルンに定住する私人として、自分に興味のある生きざまにだけ焦点を当てて、私見を展開してみた。身辺雑記であることを意識して、普通の学術書では常識となっている脚注や参考文献は、すべて省いた。敬称もなるべく略した。
タイトルに「オーストラリア6000日」とありますが、著者はオーストラリアに永住権を持ち、本書執筆時点で約18年もの滞在期間を経ていることから、一般的に見れば日本からオーストラリアへの移住民(つまりオーストラリア人)といえるでしょう。
本書を"私見"とするだけあって、研究者としての学問的追求はほとんど見られませんが、それでも著者の専攻が比較社会学であることから、その視点は鋭く多元的であり、オーストラリアの文化や習慣、社会問題を紹介する際に日本と比較することはあっても、日本人独自の視点といった性格は薄く、国際経験豊かなジャーナリストが執筆しているという印象を受けます。
一方で本書が出版されたのは1991年であり、ここに書かれている内容は今から25年前のオーストラリアの姿であることも留意して読む必要があります。
オーストラリアは欧州人(アングロ・サクソン)系の国であるものの積極的に移民や難民を受け入れています。
この点はかつてのアメリカと同じであり、日本人から見るとオーストラリアとの違いが分かりにくいかも知れませんが、オーストラリアはアメリカと違い、移民が持ち込んできたそれぞれの文化的伝統を維持してゆくマルチカルチュラリズムを推奨しています。
著者は見る角度によっては島国である点、銃の所持を厳しく規制している点、大統領制ではなく首相制を採用している点、また軍事的にアメリカに依存している点などは日本とオーストラリアの共通点であると指摘しています。
また太平洋戦争では日本とオーストラリアは敵対関係にあり、戦闘のみならず捕虜収容所などで双方の兵士(民間人)に多くの犠牲者が出ていることも忘れてはなりませんし、親日家がいる一方で日本へマイナスの感情を抱いている人たちもいるのです。
ただし著者は単純な日豪比較、米豪比較を極力避け、オーストラリアの自然から始まり、長期休暇やレジャー、市民活動、テレビやラジオの特色や人気番組の紹介、スポーツや教育、結婚に至るまでオーストラリア人のライフスタイルを身近な例を挙げながら紹介してくれ、その内容はさながらオーストラリアへの移住ガイドブックのようです。
インターネットが普及する以前のオーストラリアとはいえ、その文化的背景や伝統を知る上で現在でも充分に参考になるはずです。
そしてオーストラリア社会の抱える自然破壊や貧困格差の拡大といった問題点にも鋭く言及しています。
地理的、経済的にもオーストラリアは日本にとって緊密で重要な関係にある一方で、日本人がオーストラリアに抱くイメージは"広大な自然"、"コアラ、カンガルー"といった漠然としたものであり、主要都市はおろか首都の名前も知らない人が多いはずです。
本書は日本人にとって近くて遠いオーストラリアを市民たちの文化や日常生活の視点から理解できる貴重な本といえます。