レビュー本が1000冊を突破しました。
引き続きジャンルを問わず読んだ本をマイペースで紹介してゆきます。

つばさよつばさ


JALの機内誌「SKYWARD」に連載されている浅田次郎氏の旅をテーマにしたエッセー集です。

この連載は好評でかなり続いているようで、本ブログで以前紹介した「アイム・ファイン! 」が第2弾だったようであり、今回紹介する「つばさよつばさ」がシリーズ第1弾です。

1年の3分の1を旅先で過ごすという著者ですが、人気作家だけに実際には講演や取材で出かける機会が多く、長い休暇をとって気ままに海外旅行というわけにはいかないようです。

それでも何気ない身の回りの出来事から外国と日本との文化比較論に至るまで、どれも肩肘張らずに浅田流の軽快なエッセーで書き綴っています。

例えば日本には混浴の習慣がありますが、ヨーロッパの中でもドイツやオーストリアでは混浴の習慣があることを自らの驚きの体験とともに語ってくれるのは、エッセーとして楽しめるほかに海外旅行の豆知識としても役立ちます。

またかなりの食道楽を自負する著者が、"世界中のグルメ"ではなく"まずいもの"を紹介してくれるのはかなりユニークな内容です。
もちろん文化が異なれば味覚の好みも違ったものになるのは承知の上で次のように結論付けています。

長い間の学習によれば、地元の名士にとっておきの現地料理をふるまわれて、うまいと思ったためしがない。つまりそうした場合には、最も文化の隔たったディープな料理を食わされるからである。
だがふしぎなことに、うまいものよりまずいもののほうが、懐かしく思い出させる。世界が平らになり、さほどのカルチャーショックを感じなくなった今、まずいと感じるものは明らかに、旅の娯しみを教えてくれるのである。

誰しも旅先でまずいものを食べたいとは思わないはずですが、どこか深さを感じさせる言葉です。

年季の入った旅行通だけあって、著者はあえて日本人観光客が訪れない静かな土地を訪れることがあるようで、滞在先で持て余した時間を埋めるために浮世離れした仕事の役に立たない書物を読みふける習慣があるそうです。

こうした著者の姿からはかえってエッセイストよりも文学者としての一面が垣間見れます。

たそがれのドーヴィルに戻ると、なぜかその街には、日本人観光客の姿がなかった。石畳を渡る海風が、けっして徒労などではなかったよと、私のゆえなき感傷を慰めてくれた。
いつも叱らずにねぎらい労って下すった、この風は母の声に似ている。ドーヴィルを訪れるのなら、やはり冬がいい。

やはり本書もバッグの片隅にしのばせて旅行先でリラックスしながら読みふけるのが相応しいでしょう。