オレたちバブル入行組
多少なりとも本屋へ通う習慣のある人であれば、つねに最新作が大々的に宣伝される池井戸潤氏が飛ぶ鳥を落とす勢いの作家であることは容易に分かります。
そして滅多にTVドラマを見ない私でも「倍返しだ!」のセリフで有名な「半沢直樹」が大ヒットになったことも知っています。
普段から最新作やベストセラーを意識せず気の向くまま読書をしているため、今までたまたま池井戸氏の作品を読む機会がありませんでしたが、はじめて手にとった同氏の作品がドラマ「半沢直樹」の原作にもなった本書です。
主人公の半沢直樹は、銀行という巨大で旧態依然とした組織のサラリーマンですが、やられたらやり返す気骨のある銀行員という設定です。
銀行のような大組織が持つ独自の文化は、その組織が生き抜いてきた経験や知識が遺伝子として織り込まれ反映されているという長所がある一方、時には時代の流れに取り残され停滞を招く危険性を持ち合わせています。
つまり半沢は、その独自の文化が持つ悪い面(悪習)へ対して正面から立ち向かってゆくのです。
彼はバブル時代の完全な売り手市場の時に入行したものの、その恩恵を充分に受けることなくバブルの崩壊に直面してしまった世代であり、その敵の正体を具体的に言えば、大組織の悪習に染まりきり、自らの権力を背景に陰謀を巡らす団塊世代の銀行幹部たちということになります。
大組織の中で信念を貫き通す半沢の姿は、城山三郎氏の「官僚たちの夏」の主人公であるミスター・通産省こと風越信吾に通じるところがありますが、城山氏の作品が実在の人物をモチーフにしている一方、本作品は完全なフィクションです。
ただしフィクションである利点を充分に活かし、ストーリーに起伏を持たせ、クライマックスが盛り上がる内容になっています。
あえてこの作風を名前を付けるならば"劇場型経済小説"という言葉がしっくりときます。
それでいて一定のリアリティを失わない作品の高い質は、著者が元々銀行員だったという経験が間違いなく役に立っています。
また入念に練りこまれたストーリーのほかに見逃せないのが、銀行という組織の仕組みが作品を通じて自然と学べるという点です。
私のように金融業界に高い関心のない読者でもジェットコースターのようにストーリーに引きずり込まれ、思わず半沢を応援せずにはいられないエンターテイメント性の高さは、累計250万部という数字にも納得できる大ベストセラー作品です。