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ベトナム戦争を考える

ベトナム戦争を考える

本書は社会人から大学に入り直し研究員となった少し変わった経歴を持つ遠藤聡氏によって書かれたベトナム戦争に関する考察です。

今からわずか半世紀前に起こった出来事にも関わらず、その全貌を掴みにくいのがベトナム戦争です。

例えば太平洋戦争は実質的に日本とアメリカの対決であり、その始まりと終わりの日時も明確です。

しかしベトナム戦争は宣戦布告なしに始められた戦争であり、1975年に北ベトナム政府がサイゴンを陥落させた日が終戦日と言われていますが、その後もガンボジア紛争(第三次インドシナ戦争)や中越紛争などが起こっており、ベトナム含めた周辺国との正式な和平(パリ協定)が締結されるのは1991年まで待たなければなりません。

プラトーン」、「7月4日に生まれて」、「地獄の黙示録」などアメリカで製作された映画は日本でもお馴染みですが、これらはアメリカ人の視点から描かれたベトナム戦争であることを忘れてはなりません。

ベトナム人から見た視点、さらに言えば北ベトナムから見た視点と南ベトナムから見た視点は当然違ったものであり、さらには日本から見たベトナム戦争もそれらとは全く違った視点となるはずです。

本書は戦争に至るまでの経緯をベトナムという国の成り立ちにまで遡って見つめ、また戦争の経過に関しても客観的に解説しています。
論文に近い形をとっているものの遠藤氏の解説は分かり易く、一般読者でも充分にベトナム戦争の経過を理解できる内容になっています。

この戦争を要約すれば、分裂した南北ベトナムの統一をめぐる内乱であると同時に、外国が軍事介入することによって東側陣営(社会主義陣営)と西側陣営(自由主義陣営)の代理戦争の場所ともなり、さらに隣国のラオスカンボジアといったインドシナ半島全域をも巻き込んだ戦争ということになります。
そのためベトナム戦争は"第二次インドシナ戦争"と呼ぶ場合があります。

本書の優れている点は、米ソ冷戦中ソ対立アメリカ人ベトナム人、さらには日本とベトナム戦争との関係といったように、独立した章ごとに様々な視点や立場からベトナム戦争を検証している構成になっていることです。

ケネディ、そしてジョンソン大統領の元に進められたアメリカの正義を実現するための戦争は泥沼化してゆき、多くの犠牲者、そして実質的な敗北とともにアメリカの政治や社会に大きな傷跡を残すことになります。

そして多くのベトナム人にとってこの戦争は北緯17度を境に南北に分断された同胞同士の殺し合いであり、正確な統計は不明なものの、一説には700万人を超えるという凄まじい数の犠牲者と国土の荒廃をもたらした悲惨な戦争であると同時に、北ベトナム(ベトナム民主共和国)にとっては南ベトナムとアメリカに勝利し、悲願の独立と統一を果たした栄光への戦いでもあったのです。

また殆どの日本人が無関係と考えているベトナム戦争の起源は、第二次大戦時における日本軍のインドシナ半島進駐(仏印進駐)が色濃く関係しています。
現に1945年に成立したベトナム民主共和国(北ベトナム政府)は、"日本からの独立"であることを明確に宣言しています。

GHQの占領政策によって反共の防波堤の役割を果たすことになる日本は、当然のようにアメリカに追随する形で南ベトナム(ベトナム共和国)を正当な政府と認め、同政府へ対して積極的な経済援助を行ってきました。

さらにはアメリカ、日本の経済援助の見返りとして韓国はのべ32万人以上をベトナムへ派兵し、敵側(北ベトナム側)へ死傷者4万人以上の損害を与えると同時に、自らも1万5千人以上の死傷者を出しています。

歴史がのちにこの戦争をアメリカによる(枯葉剤やナパーム弾などの)非人道的兵器を使った残虐行為を伴う戦争犯罪と判断した場合、日本の政府と財界は共犯者としての断罪を免れることは出来ないのではないでしょうか。

様々な角度から見つめ直すことで、より深くベトナム戦争を理解することの出来る良書です。