川島芳子 その生涯―見果てぬ滄海
個人的な興味もあり本ブログでは満州における馬賊、さらには日清戦争や日中戦争に関する本を紹介してきましたが、とくに満州という言葉をキーワードにしたときに、"川島芳子"という時代を象徴する女性に出くわすことになります。
川島芳子の経歴を簡単に紹介すると、清朝の名家・粛親王の第十四王女として生まれ、日本人である川島浪速の養子となって育てられます。
のちに日本軍の女性諜報員として活躍しますが、多岐にわたる活躍と派手な男性遍歴も相まって、当時から"男装の麗人"、"アジアのジャンヌ・ダルク"、"東洋のマタハリ"として日中両国では有名人でした。
著者の渡辺龍策氏は、中国や満州の滞在経験が豊富にあり、日本の馬賊研究における第一人者として有名であり、本書の主人公・川島芳子にも実際に会ったことがあるようです。
実際に本書を読み進めてゆくと、Wikipediaなどに載っている略歴では分からない複雑で数奇な運命を辿っていることが分かります。
彼女は日本人によって育てられますが、その育ての父親である川島浪速は満州独立を画策する大陸浪人であり、生みの父親である粛親王は、新王朝において代々摂政を務めるほどの血筋であったという点で、彼女の中には絶えず日中両国の間で葛藤する心境があったはずです。
五族協和(日本人・中国人・朝鮮人・満洲人・蒙古人の共存共栄)を理念に建国された満州国は彼女にとって希望の存在であったはずですが、日本(特に関東軍)の強い影響力下に置かれ続け、やがて日中戦争へ突入するに至り、日本にとって彼女の重要性、あからさまな言い方をすれば利用価値が低下してゆきます。
心身ともに疲弊した川島芳子は阿片に依存するようになり、日本敗戦と同時に北京において国民政府軍によって逮捕されることになります。
逮捕された川島芳子は、敵国(日本)の諜報員として銃殺刑となりますが、実際に処刑されたのは替え玉の女性であったなど、最後まで伝説的な逸話を残した点では、良くも悪くも時代を象徴する人物だったことが分かります。
著者の渡辺氏は小説家ではなく歴史研究家であるため、彼女の人生を物語としてではなく、記録として記述していますが、本書の特筆すべき点は川島芳子だけでなく、当時の情勢に翻弄された女性たちを随所で紹介している点です。
簡単に紹介するだけでも、藍小姐(ランシァオチエ)、鄭蘋如(ていひにょ)、中島成子、川原操子、山本菊子といった女諜報員または馬賊として活躍した男に引けを取らない女傑たちが登場します。
各国の利権が複雑に渦巻く当時の中国大陸においては軍人だけでなく、諜報員、馬賊、浪人、秘密結社たちが縦横無尽に入り乱れるようにして暗躍します。
歴史としてはかなり分かりずらいものの、その混沌とした部分が魅力でもあるのです。