三陸海岸大津波
本書は昭和40年代前半に吉村昭氏が三陸沿岸を訪れ、津波の資料を集め体験談を取材した内容をまとめたものであり、過去3回の津波災害の記録が収められています。
- 明治二十九年の津波
- 昭和八年の津波
- チリ地震津波(昭和三十九年)
吉村氏は三陸海岸が好きで取材前にも何度か訪れていますが、その理由を次のように表現しています。
私を魅する原因は、三陸地方の海が人間の生活と密接な関係をもって存在しているように思えるからである。
~ 中略 ~
三陸沿岸の海は土地の人々のためにある。海は生活の場であり、人々は海と真剣に向かい合っている。
つまり埋め立てられた都会の海、もしくは観光地として景色が良いだけの海にはない魅力を感じているのと同時に、それは表裏一体であることを鋭く指摘しています。
海は、人々に多くの恵みをあたえてくれると同時に、人々の生命をおびやかす苛酷な試練をも課す。海は大自然の常として、人間を豊かにする反面、容赦なく死をも強いる。
三陸地方では津波を「よだ」と呼んでいましたが、太古よりここに住む人々は「よだ」によって多くの犠牲を払ってきました。
それは古老の伝承や教訓となって脈々と子孫に受け継がれ、生活の知恵として根付いてゆきましたが、それでも明治29年の津波では2万6千名以上もの死者を出す大災害となりました。
本書に収められている津波の体験談、とくに一瞬にして家族を失った当時の小学生が残した作文には時代を超えて訴えるものがあります。
吉村氏が取材した時点(昭和40年代)で明治29年津波の体験談を聞くことができたのは高齢者の2人のみで、まさにギリギリのタイミングだったといえます。
本書の最後にそのうちの1人である星野氏が語った言葉が印象深く残っていると著者は綴っています。
「津波は、時世が変わってもなくならない、必ず今後も襲ってくる。しかし、今の人たちは色々な方法で十分警戒しているから、死ぬ人はめったにいないと思う」
吉村氏はこれを生涯において3度の大津波というすさまじい体験をし、津波と戦いながら生きてきた人の重みある言葉と受け取っていますが、本書が発表されて40年後に再び東日本大震災による津波で大きな被害を受けることを知っている私(読者)は複雑な気持ちになると同時に、世代を超えて災害の教訓を未来に伝えることの難しさを実感せずにはいられないのです。
過去の教訓から決意を新たにするという意味でも本書の果たす役割は小さくないはずであり、少しでも多くの人に読んでもらいたい1冊です。