巴御前
男勝りの武者振りを見せる女性を"巴御前(ともえごぜん)"と表現することがあります。
巴御前は木曽義仲に仕えた一騎当千の女武者として知られていますが、軍記物語にしか登場しないこともあり、実在そのものも定かではない半ば伝説上の存在です。
義仲が木曽谷で挙兵した時から付き従っていたこともあり、彼女の軌跡はほぼ義仲のそれと一致します。
個人的には1度は時代の寵児となりがらも、歴史の主人公になり切れなかった人物に興味を惹かれます。
そして木曽義仲はまさにその典型的な人物です。
他の代表的な例としては新田義貞が思い浮かび、中国史であれば劉邦と争った項羽、古代ローマ史であればポンペイウスなどが私の中で該当します。
義仲は源氏の武将としていち早く平氏の大軍を撃破して京を制圧します。
頼朝と同じく武家の棟梁としての資格である八幡太郎義家の血筋を受け継ぎ、その武勇も申し分ありませんでした。
さらに彼の従える四天王と呼ばれる武将、本書の主人公である巴御前たちの実力も頼朝麾下の武将たちとまったく遜色ありません。
しかし結果的に義仲は頼朝に敗れることになります。
その原因を義仲には頼朝と違い合戦には長けていても長期的な戦略を立てる軍師が不在だった、義仲自身に思慮や慎重さが足りなかったと指摘する歴史家がいますが、歴史の"If"含めてそうした要因を想像するのは歴史を楽しむ醍醐味の1つといえます。
話が逸れましたが、本作品の主人公は巴御前と木曽義仲の2人であるといえます。
2人は他人が同席していても、お互い心の中で会話することができ、さらに巴御前は他人の心を読むことができます。
いわゆる超能力の持ち主ということになりますが、伝説上の女武将を小説作品として描く設定としては悪くありません。
清和源氏の血すじを受け継いだ義仲は、信濃国木曽谷の豪族によって大将に担ぎ上げられた面もあり、つねに疑心暗鬼と中で過ごします。
一方でその心中を唯一理解できるのが巴御前であり、2人が単純な主従関係でも恋人関係でもないという絶妙な距離感が描かれています。
作品全体を通してのストーリーのテンポも良く、歴史エンターテイメントとして楽しく読むことができました。