レビュー本が1000冊を突破しました。
引き続きジャンルを問わず読んだ本をマイペースで紹介してゆきます。

秋の街



本作品の著者である吉村昭氏に限って言えば、個人的に長編小説の方がより好みであり、そのため同氏の短編小説はあまり読んできませんでした。

本書には7作品が収められている短編集ですが、吉村昭ファンとしてなるべく多くの作品を読みたいという気持ちで手にとってみました。

  • 秋の街
  • 帰郷
  • 雲母の柵
  • 赤い眼
  • さそり座
  • 花曇り
  • 船長泣く

秋の街」では仮釈放が決まった受刑者が刑務官と一緒に街を見学するという、ある1日が描かれています。

長らく刑務所で過ごしてきた受刑者(主人公)にとっては信号機すら新鮮であり、電車の切符を買うという行為にも困惑します。
我々が何気なく過ごしている日常は、長らく刑務所で過ごした主人公にとって非日常であり、こうした目線を変えた物語構成に新鮮味を感じます。

たとえば現在において同じシチュエーションを想像すると、インターネットの普及がそれに該当するでしょう。
塀の中で過ごしている間にネットで商品を購入して銀行口座を管理することが日常となり、さらに音楽も映像も地図さえもオンラインが当たり前になっている状況に久しぶりに出所する受刑者が戸惑うのは容易に想像できます。

本短編と似ているシチュエーションを描いた作品に同氏の「仮釈放」という長編がありますが。本作品を気に入った方はそちらも読んでみることをお勧めします。


帰郷」では患者搬送サービスの運転手を、「雲母の柵」では司法解剖jに従事する臨床検査技師を、「赤い目」では実験用マウスを飼育する研究員の日常を描いています。

どれも実際にそうした職業に従事している人から話を聞き、作品を書き上げているところに著者らしさを感じます。

さそり座」、「花曇り」は父と子、母と子の関係を印象的な場面とともに切り取った、一見すると吉村氏らしからぬ文学作品のような作風ですが、淡々としていながらも綿密な描写からはやはり著者らしさを感じます。

最後の「船長泣く」は、著者がたびたに手掛ける難破、漂流もののノンフィクション性の高い作品であり、もっとも吉村氏らしい作品であるといえるでしょう。

本書の短編集には共通のした1つのテーマがあるというより、バラエティに富んだ吉村昭氏の作品を楽しむ1冊になっています。