本と戯れる日々


レビュー本が1000冊を突破しました。
引き続きジャンルを問わず読んだ本をマイペースで紹介してゆきます。

知っておきたい感染症



まさに今世界で猛威を奮っている新型コロナウィルスをはじめ、近年の感染症についてどんな特徴があるのかを感染免疫学、公衆衛生学の専門家である岡田晴恵氏が解説しています。

本書が出版されたのは2020年8月10日の一斉臨時休校や飲食店の休業要請などが実施された後ですが、年末の状況はさらに悪化しているといえます。

本書で取り上げられている感染症はいずれも近年流行したものであり、誰もが1度は耳したことのある名称が並んでいます。

  • 新型コロナウィルス
  • エボラウィルス病
  • H5N1型鳥インフルエンザ
  • H7N9型鳥インフルエンザ
  • SARS
  • MERS
  • デング熱
  • 破傷風・マダニ感染症


ひと言に感染症といっても死亡率や感染のしやすさ、また感染後の症状にはウィルスごとに特徴があり、本書ではその違いを一般向けに分かりやすく説明してくれています。

普段なら読み流してしまう内容も、今なら差し迫った危機としてより真剣に読むことができるのではないでしょうか。

連日テレビに専門家が登場し、新型コロナを解説する場面を見かけますが、時間的な制約のある中で散発的に内容を聞くよりも、1冊の本としてまとめて体系的に感染症を知るということは効率が良いように思えます。

こうした知識は感染予防にも有効ですが、将来自分が感染した場合を考えても予備知識として無駄にはならないのではないでしょうか。
今後も感染者が増えてゆくことが予想され、万が一の備えというより誰にでも起こり得るレベルへと変化しつつあります。

またあらゆる社会・経済活動がリンクした21世紀のグローバル化社会では、感染症にも新たな対策指針の構築が必要であると訴えています。

この言葉には、この新型コロナウィルスが終息しても今後も新たな感染症が発生し続けるという警告が含まれています。

近年多くの感染症が発生しているように思われますが、人類は歴史上何度も感染症の危機に出会っています。

歴史を振り返れば、感染症の流行が人口調節の役割を担ってきたことは、歴史人口学の教えるところである。農業効率が向上し、食料が増産されるのと連動して人口が増えてゆく。
しかし、人の生活様式が変化し、社会活動が活発になると、その影響を受けて感染症が流行して、人口増加に抑制がかかる。そのような現象が繰り返されてきた。

淡々と怖ろしいことが書かれていますが、これも1つの真実であり、そもそも感染症(ウィルス)を絶滅させることは不可能であり、人類にとって共存してゆくという選択肢しかないのかも知れません。

カエサル



カエサルといえばローマ帝国の礎を築き上げ、その死後も"神君"として讃えられた偉人です。

彼はガリア人(ケルト人)、ゲルマン人と戦いを繰り広げながら領土を獲得してゆき、彼らをローマ文明に組み込んでゆきますが、後世その過程はヨーロッパ創造に例えられ、19世紀の歴史家モムゼンは「ローマが生んだ唯一の創造的天才」とカエサルを激賞しています。

私にとってカエサルは塩野七生氏の「ローマ人の物語」の印象が強く、その起伏に満ち、何度も危機と栄光を経験する人生は数多くの偉人伝の中でも指折りの魅力を持っています。

本書はラテン文学の専門家として慶應義塾大学の教授でもある小池和子氏がカエサルの生涯を追ったものです。

カエサルの業績は多く、時代背景や前後関係までを詳細に描こうとすればかなりの分量になることが予想されますが、著者はまえがきで次のように解説しています。
本書が目指すのは、新書というコンパクトな形態を生かし、カエサルに関する最も基本的で重要な事柄を整理して簡略に述べることである。

カエサルを伝記や物語にすると魅了的であるがゆえに眩しすぎる存在になってしまいますが、あえて一歩引いて客観的にカエサルを見ることで分かってくる事があります。

例えばカエサル自身の著書である「ガリア戦記」や「内乱記」と他の同時代の史料を比べてみると彼が決して完璧な人間ではなく、自身の行動を正当化し敵を貶めるために出来事の順序を並び替えたり、当事者でありながら都合の悪い事実には触れなかったりすることもあります。

もちろんカエサルの魅力は聖人君子のような品位にあるのではなく、喜怒哀楽を持った1人の人間としてでにあり、時には失敗を経験しながらそれを乗り越えてゆくという人間臭さにあります。

そしてその魅力は本書にようにカエサルに関する生涯を客観的に追ってゆく中においても色褪せることはありません。

プロ野球「衝撃の昭和史」



本書はスポーツジャーナリストの二宮清純氏が、文藝春秋で2011年6月号か翌年12月号まで連載した特集記事を新書にまとめて出版したものです。

タイトルにある通り、おもに昭和における日本プロ野球史にちなんだ伝説を取り扱った本です。

野球ファンであれば目次を見ただけで大体テーマの想像がつくかも知れません。

  • 江夏の二十一球は十四球のはずだった
  • 沢村栄治、戦場に消えた巨人への恩讐
  • 天覧試合、広岡が演出した長嶋の本塁打
  • 初めて明かされる「大杉のホームランの真相」
  • 江川の投じた最速の一球
  • 宿敵阪急を破った野村野球の原点
  • 遺恨試合オリオンズvs.ライオンズ、カネやん大乱闘の仕掛け人
  • 落合博満に打撃の師匠がいた
  • ジャイアント馬場は好投手だった
  • 打倒王貞治「背面投げ」の誕生
  • 三連勝四連敗、近鉄加藤「巨人はロッテより弱い」発言の真相
  • 「清原バット投げ事件」の伏線

こうした伝説(または事件)の真相は、往々として当事者たちの口が重いことがあり、まして本人が現役選手やコーチ、監督として活躍している場合であればなおさらです。

しかし長い時間を経た今だからこそ、当時の状況を率直にかつ冷静に振り返って著者の取材に答える元プロ野球選手たちの姿が印象的です。

また今でこそプロ野球にもリクエスト制度(ビデオ判定)がありますが、上記のエピソードのうち2つが誤審にまつわるものであり、いずれも日本シリーズの結果を左右するものでした。

さらに今では殆ど見かけなくなりましたが、乱闘や暴言にまつわるエピソードが多いのも昭和プロ野球ならではないでしょうか。

時代は変わっても血の通った人間が野球をプレーしていることに変わりはなく、令和となったこれからもプロ野球伝説が次々と生まれてくることは間違いないでしょう。

欧州分裂クライシス



EU(欧州連合)は第二次世界大戦への反省から生まれた価値共同体であり、その前身であるECSC(欧州石炭鉄鋼共同体)から数えると70年の歴史を持っています。

特に2000年代初頭には共通通貨ユーロを導入し、ユーロ域内における市民の移動の自由が保証されます。
加盟国の市民が自国内と同じように他の加盟国へ自由に移住して就職することが可能になりました。

まさに人類の叡智が作り出した共同体であり、世界中から注目を浴びた時期がありますが、そんなEUにおける将来の見通しが不透明になりつつある現状をドイツに30年在住している熊谷徹氏がレポートしたのが本書です。

EUの先行きが不安になっている要因はポピュリズム革命にあると著者は主張しています。

聞き慣れない言葉ですが、著者によれば社会を「民衆」と「腐敗したエリート」に二分し、所得格差の拡大、難民問題、重厚長大産業の衰退といった市民の不満を栄養にして、政治体制の打倒・変革を目指す動きであると解説しています。

このポピュリズム革命の動きがもっとも早く現れた国がイギリスです。 周知の通り2020年1月31日にイギリスはEUを離脱(ブレグジット)しましたが、これは前任のキャメロンとは正反対の熱心なプレグジット推進派であるボリス・ジョンソン首相によって主導されたといえます。

またEU離脱キャンペーンを推し進めてきたもう1人の人物が、ブレグジット党首のファラージです。

彼らはEUへの拠出金による財政負担の増大、移民受け入れによる雇用や治安の問題を取り上げ、2016年の国民投票によってEU離脱が決定されたのです。

著者はここに2つの問題点を挙げています。

1つ目は離脱派ポピュリストたちはデマや誇張した主張をSNSなどに流布し、事実(ファクト)を軽視する傾向があるという点です。
つまり国民の不満や不安につけこみ、偽情報によって有権者の投票行動に大きな影響を与えたといいます。

2つ目はピュリストたちは既存の政治秩序の破壊には関心があるが、その壊した秩序を再構築したり新しい解決策を提示しないという点を挙げています。
批判のみで現政権を倒し、彼らが政権を奪取したときに建設的なビジョンを提言できるかはかなり不安です。

イギリスはEUで二番目に大きな経済パワーを持っており、その離脱はEUにとって大きな痛手になるのはもちろんですが、イギリス自身にもEUの広大な市場へ自由に参入できなくなるというデメリットがあり、グローバル化の恩恵を受けて成長してきたイギリスの経済成長力が今後低下してゆくという懸念が出ています。
そしてポピュリズム革命の津波は、EUの盟主であるドイツへも確実に押し寄せています。

2017年に右翼政党のAfDが一気に第三党となり、政治の勢力図が変わりつつあります。

やはり根本的な要因はイギリスと同様ですが、未だに根強い東西ドイツの経済格差、メルケル首相主導による積極的な難民を受け入れ政策による混乱など独自の事情もあります。

他にもフランス、ポーランド、ハンガリーにも同じ動きが見られることが紹介されており、さらにロシアによるポピュリストの支援といった動きも見られ、ヨーロッパ全域に渡って急速に危機が広がりつつあります。

2016年からアメリカの大統領となったトランプも、移民政策に関しては批判的であり、国際的な協調よりも自国ファーストを優先させる動きは知られています。

本書で触れられているポピュリズムという視点からの大きな国際政治の動きはニュース報道で殆ど触れられる機会がないにも関わらず、日本へ与える影響が甚大であることは間違いありません。

仮にEU分裂となった場合、戦争が再発するというシナリオが最悪のものであり、それを具体的にレポートし警告してくれる本書の存在は貴重であると同時に、もっと多くの日本人に読まれて欲しいと思う1冊です。

ルポ 技能実習生



技能実習生という言葉はよく聞きますが、個人的には縁がないため実態をよく知らない存在でもありました。

法律では技能実習生を以下のように定義しています。
人材育成を通じた開発途上地域等への技能、技術又は知識の移転による国際協力を推進することを目的とする。

額面通りに受け取れば、先進国(日本)による発展途上国への国際支援ということになりますが、本書を読むとその実態が大きくかけ離れたものであることが分かります。

日本国内に技能実習生として滞在する外国人は2019年末時点で41万人となり、在留外国人の14%を占めています。

この比率は留学生(11%)を上回っており、外国人労働者そのものが最近10年間で3倍以上に増えているといいます。
たしかに都内ではコンビニや飲食店に留まらず、あらゆる業界で外国人を見かけることが当たり前になっています。

本書はジャーナリストの澤田晃宏氏が実習生全体の53%を占めるベトナム人実習生へ焦点を当て、現地での丁寧な現地取材を通じて技能実習生の舞台裏、つまり実情を赤裸々に暴露しているといえます。

まず実態をシンプルに表すと、日本企業にとっては労働力不足の解消、ベトナム人にとっては出稼ぎが目的であると言えます。

現場を取材して分かってくるのは、日本での仕事を通じて習得した技術がベトナムへ還元される機会は殆どなく、滞在中に上達した日本語そのものくらいしか役に立たないということです。

つまり技術・知識の移転による国際貢献は実効性を持たないスローガンに成り下がっているのです。

ベトナムの実習生送り出し機関、日本の実習生受け入れを仲介する管理団体の間にはキックバック(賄賂)、売春を含めた違法で行き過ぎた接待が横行し、そのツケは100万円以上になることもあるベトナム人実習生が負担する手数料となって表れることになります。

多くのベトナム人実習生が存在することで日本とベトナムとの間に独自の労働者派遣産業が誕生したといってもよく、法律を無視した業界独自のルールと利権が渦巻く世界といえるでしょう。

それでもベトナム人が日本を目指す動きは増加の一途を辿っています。 なぜならば日本で技能実習生として3年間働けば、借金を返済した上で300万円の貯金を残すことが可能であり、これだけの額があれば故郷に家を建て、家族の生活を楽にすることができるからです。

もっともそれは万事うまくいった場合であり、中には労働条件や待遇が劣悪な職場もあり、結果的に実習生が失踪し不法滞在を続けるといった問題も出てきています。

2020年1月1日時点でベトナム人実習生の不法残留者数は8,8632人というからかなりの人数です。

政府もこうした問題は把握しており、2018年12月に「特定技能」の在留資格を新設して技能実習から移行を試みますが、技能実習の教訓を生かせているとは言えない状況です。

特定技能は技能実習とは違い、国際協力という側面を捨てて国内の深刻化する人手不足を解消する仕組みとして発足したものですが、今のところ開き直った政策のわりには使い勝手が悪いというお役所仕事にありがちな残念な状況にあるようです。

最後に著者は韓国を訪れ、労働力不足解消のため日本に先行して単純労働分野において外国人の積極的な受け入れを行った雇用許可制(EPS)を取材しています。

おそらく韓国で実施している雇用許可制は、日本が推進しようとしている政策と方向性では一致しているからです。

日本より制度運用がうまくいっている面がある一方、賃金未払い、外国人差別といった問題はやはり存在し、その根底にはEUやアメリカも直面している移民問題と同じ問題が横たわっているといえそうです。

それは世界でグローバル化が推進された結果、国境を超えた人の移動が爆発的に増えた一方、文化や価値観の違いによる衝突、そこから生じる雇用問題とったものであり、日本のみならず世界的に見ても課題が山積みであることを実感させられます。

世界最悪の旅



北極圏の遭難史においてはフランクリン隊がもっとも有名ですが、南極圏における遭難では本書で紹介されているスコット隊が知られています。

フランクリン隊は129名全員が死亡するという悲劇的な結果に終わり、生存者がいないためその全貌が未だに解明されていません。

一方、本書はスコット隊の一員であったチェリー・ガラードによって執筆されており、捜索によって遭難者の遺体を発見した本人でもあるため、その軌跡はほぼ明らかになっているといってよいでしょう。

ちなみにガラードは当時の極地探検をおもに指揮していた軍人ではなく、極地研究のために彼らに同行した動物学者でした。

本書は主に4部構成で成り立っています。

まず最初に古くは18世紀後半からはじまった南極探検の歴史について言及しています。
そこからは1910年にフランクリン隊がテラ・ノバ号で出港し、南極探検へ向かった時代背景が見えてきます。

そして次に1回目の越冬を経て著者を含めた3人が行った南極における5週間の探検の様子が紹介されます。

当然ですが、当時はGORE-TEXのような防水性に優れた素材は無く、また医療や保存食加工技術も未熟だった時代の極地探検がいかに過酷だったかが伝わってきます。

皮膚から出た汗は衣服の中で氷り体温を容赦なく奪い、おそるべき壊血病もこの時代は完全に克服できていませんでした。

タイトルにある"世界最悪の旅"とは、著者が経験したこの探検から名付けられたものです。

それから5ヶ月が経過し、いよいよフランクリン隊長を含めた5人が南極点を目指し、その帰路で全員が命を落としてしまった悲劇の一部始終が語られることになります。

著者のガラードはフランクリン隊長に先行して貯蔵所を設置するサポート役に回り、南極到達隊のメンバーではありませんでした。

そのためフランクリン隊の5人が遭難した際には捜索に参加し、テントの中で凍死したフランクリン隊長たちを発見することになります。

同行はしなかったガラードでしたが、遺留品として残されていた手記から悲劇の全貌が明らかになるのです。

最後にフランクリン隊長たちの遭難から、その原因や問題点を総括しています。
本書は遭難事故が発生した1911年から約10年の月日が流れた時点で発表されていることもあり、当事者のガラード自身も冷静に当時を振り返っています。

彼らが命を犠牲にしてまで学んだ教訓は、のちの南極探検に生かされたに違いなく、また生存者のガラードもそれを何よりも望んでいたのです。

ちなみに南極点到達はノルウェーのアムンセン隊がスコット隊に数週間先行する形で成し遂げています。

北西航路の開拓とともに極地探検のヒーローとなったアムンセンですが、この点でもガラードは競争に敗れたスコットを擁護する発言をしています。

それはアムンセン隊がひたすら南極点への到達だけを目指したのに対し、スコット隊はガラードが行ったようにペンギンなどの生物調査、南極の地質調査を主な目的として派遣された調査隊であり、南極点は複数ある目的の1つに過ぎなかったと言います。

それでもスコット隊が南極点を目指した背景には、地味な南極の研究調査だけでは思うようにスポンサーから資金が集まらず、南極点初到達という一般向けに分りやすい目標が必要だったという要因があり、どこか100年後の現代と似たような状況だったという点で興味深いです。

今から100年前の出来事だけに冒険ノンフィクションとしてはやや古典ですが、現代の私たちが読んでも極限状態に挑む人間たちの心理が伝わってくる名作です。