深夜特急6―南ヨーロッパ・ロンドン―
いよいよ1年にも及ぶ長い旅を描いた紀行もいよいよ最終巻となります。
ギリシャからイタリアへ入った旅人(沢木耕太郎氏)は、サン・ピエトロ大聖堂でミケランジェロの「ビエタ」像に感動し、モナコからニースへ向かう途中のバスの中から見た地中海の美しさにに心を奪われます。
そこにはアジア各国をバックパッカーとして放浪していた著者の姿はなく、普通の観光客といった様子に見えます。
やがてマルセーユに着き、1日後にはパリへ着くという直行バスの時刻表を見ながら著者は、「ここが旅の終わりではない」という確信めいた思いを抱きます。
そこで行き先をパリではなく、スペインのマドリードへ変更することになるのです。
さらにそこからポルトガルのリスボンに到着しますが、そこでもここが最後の地になることに納得できない自分がいます。
そこでイベリア半島が大西洋と接する先端、つまりユーラシア大陸の最南西端であるサグレスを目指すことになります。
夜に到着し、また季節は冬ということもあり、観光シーズンを終えて閑散としたさい果ての街という雰囲気が漂っていました。
露頭に迷いそうになった著者は、運良くシーズンオフで閉まっていたペンションで宿泊することができます。
そしてそこで朝を迎えた著者は驚くことになります。
窓の真下に青い海があり、水平線上にはまさに昇ろうとする太陽が輝いていたのだ。
このペンションは、いやホテルは、海辺の斜面に建てられており、しかもここは、海を望む最上の部屋だったのだ。
眼の前には大西洋が迫り、ということは、その遥か彼方にはアフリカ大陸があるはずだった。
そしてとうとう、いくつもの偶然で訪れることになったサグレスの街で岩の上に寝そべり、崖に打ち寄せる大西洋の波音を聞きながら、旅の終わりを確信するのです。
普通の旅であれば目的地があり、そこで観光ないしは決まった日数を滞在すれば、その旅は終了となります。
しかし期限を定めず、バックパッカーとして旅を続けてきた著者には普通の旅とは違う、自身の内面的な旅の区切りが必要だったのです。
沢木耕太郎氏はこの旅を26歳のとき、1973年頃に経験します。
一方で深夜特急が世の中にはじめて発表されたのは1986年であり、この最終巻が発行されたのは1992年です。
つまり旅を終えてから20年近くが経過して完成した作品ということになります。
作家としてもっとも脂の乗った時期に若かりし頃の旅を振り返ったこともあり、作品前半の無軌道で刺激的な旅から、後半の感傷的で落ち着いた雰囲気の旅という、旅を人の一生になぞらえたようなシリーズ構成は素晴らしく、読者が作者と一緒に旅を疑似経験しているかのような臨場感があります。
これを見て刺激を受けた多くの若者が、著者と同じようにバックパッカーとして旅立って行ったに違いありません。
やはり若くて感受性の強い時期にこうした旅を経験することは素晴らしいことであり、逆に言えばある程度の社会経験を積み、家族や仕事を持った大人が決行する旅としては無謀過ぎるのかもしれません。
私自分身にバックパッカー旅行の経験はなく、今さら経験したいという願望もありませんが、それでも本書を読むと羨望のようなものは感じてしまうのです。