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ジャンル問わず気の向くまま読書しています。

アントニーとクレオパトラ(松岡和子 訳)



16世紀後半から17世紀後半にかけてイギリスの劇作家として活躍したシェイクスピアは、後世へ大きな影響を与えました。

そのジャンルは演劇に留まらず、小説や音楽、映画など、多くの芸能に及びます。

中には大まかなあらすじを知っている作品もありますが、演劇として鑑賞したことも作品として読んだこともありませんでした。

理由としては単純に、シェイクスピアの作品は小説ではなく、舞台の上で役者が演じることを前提とした脚本であるため、どこか抵抗を感じていたためです。

1冊目として本書「アントニーとクレオパトラ」を手にとった理由は、私自身が知っているローマ帝国建国にあたっての内乱を舞台にしており、タイトルだけで作品の内容が推測できるからです。

アントニウス(アントニー)はカエサル亡き後、その実績からローマ帝国の統治者にもっとも近い位置にいた人物ですが、エジプト(プトレマイオス朝)の女王である女王クレオパトラと出会ってからは、絶世の美女といわれた彼女と酒に溺れ、手にしていた権力と幸運を手放してしまった人物です。

一方のクレオパトラもアントニウスの心を自分へ引き寄せることに熱心であり、アントニウスを政治的にもうまく利用しようとしましたが、大きな時代の流れを読むことはできませんでした。

歴史上の評価としてはいまいち一流になれなかった人物ですが、権力の魔力に取り憑かれ、愛と酒に溺れて身を滅ぼしてしまう2人の人生は、演劇にはうってつけの人物だという見方もできます。

作品はエジプトで夢中になるアントニウスとクレオパトラの場面から始まり、セクストゥス・ポンペイウスとの戦い、アクティウムの海戦、そしてアントニウスとクレオパトラの最期(プトレマイオス朝の滅亡)までの約10年にも及ぶ期間が対象になっています。

一見すると悲劇のように思えますが、主人公の2人だけではなく、彼らを取り巻く部下たち、敵対関係にあるオクタウィアヌス(シーザー)陣営の思惑が交差する場面も多く、セリフには強い皮肉や揶揄が込められていることから、喜劇的な要素も入り混じっており、捉えどころのない作品です。

演劇の舞台を思い浮かべながら読んでいましたが、テンポ良く観客を飽きさせない良く出来た構成になっていることから、思いの他スムーズに読み進めることができました。

ちなみにアントニウスのライバルとなるオクタウィアヌスは、作品中でもアントニウスの凋落ぶりを冷静に把握し、クレオパトラには目もくれずに勝利をもぎ取ってゆく人物であり、やはり初代皇帝にふさわしい人格と能力を持っているものの、その完璧さゆえに演劇の主人公としては大衆の心を揺り動かす魅力には欠けているのかも知れません。

いきなり全集を読破する形ではなく、今後もシェイクスピアの作品を少しずつ紹介できればと考えています。