血の味
冒頭はいきなり次の1行から始まります。
中学三年の冬、私は人を殺した。ナイフで胸を一突きしたのだ。
沢木耕太郎氏の作品は何冊か読んできましたが、どれもノンフィクションであり、彼の小説作品は今回が始めてです。
少年犯罪を取り上げた作品、または犯罪者心理に鋭く切り込んだ作品、もしくはミステリー小説なのかと予想しながら読み進めていきましたが、結果から言えばそのいずれでもありませんでした。
冒頭で主人公は、20年前の自分が少年時代に起こしてしまった殺人事件をふり返っています。
そして主人公は殺人を犯すまでの2ヶ月の日々は克明に覚えていても、ナイフが相手の胸に吸い込まれてゆく手のひらの感覚を最後に、記憶がぷつりと途切れています。
つまり主人公は、過去の自分が「なぜ人を殺してしまったのか?」の動機を未だに見つけられずにいたのです。
作品では殺人を起こすまでの2ヶ月間の出来事や主人公の心理状況が克明に描かれており、テンポよく進んでゆきます。
それでも著者は作品の後記に次のように書いています。
この『血の味』という作品は、十五年前に書きはじめられ、十年前にはほぼ九割方書き終えていたものである。
しかし、自分で書いていながら、そこに書かれていることの意味が充分に理解できないため、最後の一割を残して放置されていた。
本書はノンフィクション風の小説ではなく、一人称視点でいかにも小説作品を意識して執筆されています。
それだけに主人公は単に刹那的、発作的に殺人を犯したというオチでは作品が締まりません。
そのためには、誰よりも作者自身が納得いく理由と結末が必要であり、それが見つかるまでは放置されていたのです。
決して衝撃の結末といった安易なものではなく、作者が導き出した必然性を読者が納得できるかどうかは読んでみての楽しみです。
読了後もは余韻を引きずるような作品であることは間違いありません。