レビュー本が1000冊を突破しました。
引き続きジャンルを問わず読んだ本をマイペースで紹介してゆきます。

メロンと鳩


吉村昭氏による10篇の短編小説が収録されています。

  • メロンと鳩
  • 鳳仙花
  • 島の春
  • 毬藻
  • 高架線
  • 少年の夏
  • 赤い月
  • 破魔矢

長編小説、それも歴史や戦史を扱ったものが代表的な作品として知られていますが、これらの作品はいずれも創作小説です。

冒頭の3作品(「メロンと鳩」、「鳳仙花」、「苺」)はいずれも死刑囚や受刑者を題材としており、いくつか同様のテーマを扱った長編小説を発表していることから著者らしさを感じさせます。

たとえば健康な状態で死を強制されるという、ある種究極の状態に置かれた人間を第三者の視点から見つめるという物語は小説ならではといえます。

続く2作品(「島の春」、「毬藻」)は"人の死"を強く意識した作品でありながら、文学作品にありがちな「死にゆく人=主人公」という視点ではなく、つねに第三者の視点から描かれており、その無駄な装飾を削ぎ落とした文章からは、登場人物たちの息遣いが聞こえてきそうです。

「凧」、「高架線」の2作品は、老齢を迎えた孤独な男性の視点からストーリーを構成しており、こうした哀愁を感じさせる作品も著者の得意とする構図です。

「少年の夏」は自らの少年時代を振り返った私小説的な要素がふんだんに盛り込まれており、本書の中ではもっともオーソドックスな小説といえるかもしれません。

最後に「赤い月」、「破魔矢」は、家庭を持っている働き盛りの男を主人公にしているものの、扱っている題材はそれぞれ異なり、前者では家族を、後者では動物を扱っています。

とくに動物を扱った短編はほかの作品にも多く、登場する動物の習性が細かく調べられた上で書かれており、たとえ創作小説であっても細部をおざなりにしない著者の几帳面な性格も相まって驚くほどリアリティのある作品になっています。

私自身は著者の作品を50冊近く読んできているため、このように作品を分類したがるのは悪い癖なのかもしれません。

もちろん吉村昭を知らない読者であっても硬派な文学品として充分に楽しむことが出来るはずです。