本と戯れる日々


レビュー本が1000冊を突破しました。
引き続きジャンルを問わず読んだ本をマイペースで紹介してゆきます。

コンサル一年目が学ぶこと



正直に言うと、以前はコンサルティングという業種をあまり信用していませんでした。

それは私は現場で専門的な業務に従事していたこともあり、彼らの言う事が時には空論のように聞こえることがしばしばあったという個人的な経験から来ます。

一方で優秀なコンサルタントと仕事をする機会があり、そこで感心したこともあり、結局は"その人の能力による"ものだなと今は思い直しています。

本書は副題に「新人・就活生からベテラン社員まで一生役立つ究極のベーシックスキル30選」と名付けられており、著者はコンサルティングとしてのベーシックなスキルを応用することで、他の業種でも応用できると主張しています。

読み終えてみて、個人的にはおもに1~3年目くらいの社会人がメインターゲットになる内容という印象を受けましたが、それでも15年、20年と経験してきている人にとっても部分的に参考になる点もありました。

まずコンサルタントに求められるのは論理的な考え方と、それを効果的にクライアントへ対して伝えるスキルだと言えます。

  • 第1章 コンサル流話す技術
  • 第2章 コンサル流思考術

最初の上記2章はまさしくその点にフォーカスしており、社会人として20年以上経過している私にとっても参考になる点が一番多い内容でした。

次にコンサルタントという仕事は基本的に忙しい業種であり、抱えている業務も膨大になる傾向があります。
つまり効率的にタスクを消化させる必要があり、その秘訣については以下の章で述べられています。

  • 第3章 コンサル流デスクワーク技術

パワーポイントがコンサルティングの最終成果物として主流のため、ややその点に絞られた内容になっていますが、異なるツールを使っている業種の方にとっても間接的に参考になる部分はあると思います。

最後の章では日々の仕事の中で持つべきマインドについて述べられています。

  • 第4章 プロフェッショナル・ビジネスマインド

コンサルタントは比較的高給であることが多く、年収1,000万円以上の人が珍しくなく、人によっては更にその数倍の年収という方も存在する業界です。

これはクライアント側の視点から見るとそれだけの金額に見合った、あるいはそれ以上の成果を求めらるということであり、相応のプロフェッショナル意識が求められるのです。

ただし給与に見合った、出世を目指すのであればそれ以上の成果を出す必要があるという点は、他の業種でも一緒であり、高いハードルを求められるコンサルタントの考え方は参考jになる点が多く、この章は社会人経験の浅い人にこそ読んでほしい章だと思いました。

全体としては良くまとまっており、かつ専門用語についても丁寧に解説されていて分かりやすいため、ビジネス書初心者の方も手軽に読んでみてはいかがでしょうか。

新選組100話


本書は1981年に発刊されたものを文庫化した1冊であり、すこし前の本となります。

著者の鈴木亨氏は、秋田書店時代から歴史に関する雑誌の編集長、のちに歴史研究家として活躍された作家です。

子母澤寛司馬遼太郎をはじめ新選組を題材とした歴史小説は沢山ありますが、本書はすこし変わったアプローチが取られています。

それはタイトルにある通り、新選組の歴史を100話に分割して、それぞれ特定の人物にスポットを当てて語られているという点です。

重複している人物が何人かいるものの、90名近い人物が登場します。

そして登場するメンバーも近藤や土方をはじめとした新選組の隊員だけでなく、倒幕側(薩長土肥)の志士や幕府の要人、さらには商人や隊員たちの家族など多彩な顔ぶれが登場します。

この本を読めば、新選組の中核メンバーの流派である天然理心流の創設期から、箱館戦争後も生き残った元新選組の隊員に至るまでを網羅することができます。

ただし本書は小説ではなく歴史考証であり、著者は几帳面な性格らしく、それぞれの考証には「史料メモ」という形で参考にした史料や異説なども紹介されています。

とにかく編集者出身だけに丁寧に作られている印象を受け、私の中でも新選組に関わる人物の整理や、さらには歴史小説などでは余り触れらなかった人物についても改めて認識させてくれる良い機会となりました。

ただし本書を読む前提として新選組を題材とした歴史小説を1冊は読み、全体像を頭に入れた上で読んだほうが楽しめることは間違いありません。

そもそも中公文庫ということもあり、新選組ファンや歴史好きの読者をターゲットにした本だと思われますが、前提となる基本的な知識さえあれば本書の内容は決して難解なものでなく、むしろ簡潔かつ丁寧な解説書として優れている1冊です。

渇きの海


地球光」に引き続きアーサー・C・クラークの作品を紹介します。

物語の連続性はまったくない独立した作品ですが、偶然にも舞台が""であるという点が共通しています。

ちなみにNASAが主導しているアルテミス計画では有人月面探査が計画されており、2040年代には人類が火星探査へ向かう際の中継基地を月面に築くという壮大な内容となっています。

よって地球から最も身近な惑星である月は、今後ますます注目されてゆくはずです。

本作では人類が月へと進出して生活を始めていますが、まだ数万人程度の規模であり、限られた人(ある程度社会的地位の高い人)たちが地球から月への観光旅行に参加するといった時代背景の中で繰り広げられます。

ちなみに本作品は1961年に発表されており、人類初の月面着陸の8年前ということになります。

物語の大筋は、月の観光事業として有名になっている直径100kmにも及ぶ、月独自の細かい砂礫の堆積地である「渇きの海」を遊覧観光するセレーネ号(砂上遊船舶型式坂東一号)の事故、そしてセレーネ号の救出作戦というものになります。

事故の内容は、男女22人を乗せたセレーヌ号は、月では滅多に起きない地殻変動(地震)により砂礫に飲み込まれてしまうというものです。

セレーヌ号の船長ハリスと客室乗務員であるウィルキンズ、さらに偶然にも観光客として乗り込んでいた宇宙探検の元提督であるハンスティーンをはじめ、さまざまな人物が登場します。

また救出側にも月の交通管制センターの技術部長であるローレンス、気難しがり屋のローソン博士など多彩な人物がします。

まるでドキュメンタリーのように緊迫した雰囲気の中でストーリーが展開されてゆきますが、月には大気や水が存在しない、重力が地球の6分の1という特殊な環境に加えて、月の砂礫は粉塵といえるほど細かいものであり、さまざまな制約の中で救出計画を立てる必要性に迫られます。

科学技術に関する描写は既に現代社会においても古いと感じさせるアナログ的な部分もありますが、作品が発表された時期を考えると仕方ない部分があり、個人的にはそこも含めて古典SFの味わいのようなものが感じられて好みです。

砂礫に沈んだ観光船をどのような手段で救い出すのか、船内の乗客たちはピンチをどのように切り抜けるのかといった細かい描写は本作品の醍醐味であり、作品としての完成度は同じ月を舞台にした「地球光」と比べても高く、最初から最後まで読者を楽しませてくれます。

ちなみに原題は「A Fall of Moondust」であり、邦題よりも作品の内容を直接的に示唆した題名になっています。

地球光


やや歴史小説に偏っているものの、なるべく広いジャンルの本を読みたいと思っており、今回紹介するSF小説も今後積極的に読んでゆきたいジャンルの1つです。

いきなり最近のSF小説を読むよりも、古典的な作品の持つ雰囲気が好きなこともあり、古本市などでハヤカワ文庫SF創元SF文庫などを見ると少しずつ買い溜めるようにしています。

さほどSFに詳しくない私でも本作品の著者であり20世紀を代表するSD作家であるアーサー・C・クラークの名前は知っているほどです。

彼はSF作家であると同時に、特に宇宙に関する科学技術の解説者としても知られており、最先端の科学知識を小説作品へ取り込むことによって、SF小説というジャンルを確立した功労者の1人です。

また「2001年宇宙の旅」の原作者として知っている人も多いと思います。

舞台は2300年頃と思われ、人類が宇宙へ進出してからかなりの年月が経過し、太陽系のおもな惑星に住んでいる人たちが大勢いるという設定です。

一方で地球政府と各惑星へ移住した人たちの惑星連合との間に資源配分などを巡って対立が続き、一触即発の危機を迎えているという状態です。

ストーリーそのものは地球政府の管轄下にある""を舞台に進みます。

主人公は地球政府が惑星連合のスパイあぶり出しのために送り込んだ秘密情報部員・サドラーであり、彼は会計士という肩書でスパイがいるとされている月に設置された天文台へ派遣されるところから物語が始まります。

正直に言えば、前半は月での人びとの暮らし方、移動手段や娯楽手段、さらには登場人物の紹介などの描写が続き、物語の起伏自体は少ないため、若干退屈と思いながら読み進めていました。

ただ注目すべきは本作品が発表されたのは1955年であり、人類初の月面着陸よりも約15年も早いという点です。

月の重力が地球の6分の1であることなど当時の科学的知見を作品中に反映しつつも、月には若干の大気と植物が存在するという著者の予測に基づいた描写は後世になって否定される部分でもあります。

物語は地球政府と惑星連合が軍事衝突を起こし、その戦場の近くである天文台に緊張感が走るところから一気に動き出します。

宇宙を舞台にした戦争で使用される兵器の描写などは斬新であり、この作品のクライマックスといえます。

スパイ小説としては不完全な部分がありますが、SF小説として捉えるとスパイの正体が誰なのかという点ははそれほど大きな問題ではないかも知れません。

月面を舞台にして展開するストーリーは期待通り独特の雰囲気があり、全体としては楽しく読むことができました。

ギリギリ



昨年あたりから、何となく小説を読みたいというときに手にとってしまうのが原田ひ香氏の作品です。

ドラマや映画の原作を意識したような起伏の大きな物語も悪くないですが、立て続けに読んでしまうとすぐに食傷気味になってしまうのに比べ、原田氏の作品は文学作品のようにゆっくりと味わいながら読むことができる作品が多いと感じますす。

本作品のおもな登場人物は3人です。

まずは若くして夫・一朗太を亡くした瞳、そして瞳と再婚した元同級生である健児、一朗太の母であり夫にも先立たれ、ひとり暮らしをする静江の3人です。

舞台は東京の高円寺界隈であり、他の作品でも同じ場所が舞台になっていることが多く、著者自身がこの付近に在住であること、そしてこの場所に愛着があることを伺わせます。

作品は5章に分かれており、先ほど紹介した3人の視点が切り替わるような構成で描かれています。

私自身は東京に勤め先があり、さらに高円寺含めた中野界隈の下町的な雑踏の雰囲気が嫌いではないこともあり、作品の中にすぐに引き込まれています。

登場人物たちにはそれぞれの事情があるものの、大都会という多くの人が生活を送る町において特別な存在ではありません。

言い方を変えれば、読者である私自身とまったく同じ境遇である人物が登場しても不自然ではない設定です。

物語自体も世間を巻き込むような大きな事件が起きるわけではなく、ひたすら登場人物の心境を丁寧に掘り下げて描写しており、こうした部分に文学作品特有の心地よさがあるのかも知れません。

例えば先ほど例に挙げた瞳の場合であれば、表面上は彼女は夫を亡くした後も生活のため、それなりのやりがいを感じつつIT企業の女性管理職として忙しい毎日を送っています。

しかし内面では夫を亡くした後にすぐに健児と再婚したことに若干の後ろめたさを感じつつ、今でも交流のある前夫の母である静江との距離感に微妙なものを感じている様子がよく描かれています。

もちろん健児、静江にも同じように心にさまざまな想いを抱きながら大都会での生活を続けています。

普通であれば内面とどこまでも深く掘り下げてゆくと純文学のような重さが出てくるものですが、作品の持つ軽快なリズムと登場人物たちの"前向きな姿勢"によって作品全体としては明るい印象を受けます。

この"前向きの姿勢"というのは、どんな困難にも屈しない不屈の精神といった類のものではなく、仕事や人間関係上のトラブルや過去の不幸な出来事を乗り越えるために、目の前の山積みの問題をひたすら処理したり、生活リズムを変えてみたりといった、その人なりの試行錯誤のことを指しています。

こうした描写が読者にとって作品中の登場人物を身近な存在となり、ささやかな勇気を与えてくれるのです。

成瀬は信じた道をいく


2024年本屋大賞をはじめベストセラーとなった「成瀬は天下を取りにいく」の続編です。

前作でわが道をゆく主人公・成瀬あかりの魅力に引き込まれ、作品のファンになった読者も大勢いると思いますが、続編も期待を裏切らない出来になっています。

前作では成瀬の中・高校生時代が描かれていましたが、本作品では大学受験、そして大学1年生時代のストーリーになっています。

主人公の持つ魅力については前作のレビューで紹介したので割愛しますが、本作品の持つ別の魅力を紹介してみたいと思います。

それはストーリーの中心となる舞台が、著者の在住している滋賀県大津市であるという点です。

滋賀県でありながら京都からもほど近い地方都市である大津市は、大都会でも田舎でもない適度に発展した地方都市です。

私自身も地方都市で育ったため、その魅力のようなものは想像がつきます。

地方都市では生活を送る上で必要はモノは不自由なく手に入れることができます。
一方で東京の最先端のカルチャーといったものには縁遠いものの、地方独自の文化がきちんと残っていることが多く、ある程度の賑わいと独特の雰囲気が存在しているという点です。

主人公の成瀬は入学した京都大学へは自宅から通学しつつも、アルバイトは大津市に実在する商業施設「オーミー大津テラス」に入っているスーパーでアルバイトをしています。

実在している商業施設でアルバイトをしているという設定は、物語の舞台を鮮明に思い描くことができるため、主人公をより身近に感じることができます。

著者は生まれと育ちは静岡県ですが、現在は大津市在住とのことで、作品中から今住んでいる街への愛着がよく感じられます。

そして主人公である成瀬は、この大津市で生まれ育ったという設定であり、地元への強い愛着を持っています。

さらに大学生になるのとほぼ同じタイミングで応募した「びわ湖大津観光大使」に選ばれます。

名前から想像できるように大津市の顔として観光宣伝のPRを担うボランティアですが、これも実在する役職です。

つまり本作品は、現在進行形の大津市を中心に繰り広げられるパラレルワールドの物語ということがいえます。

幼少の頃より周りに流されず、タイトルにある通り信じた道を歩き続ける主人公ですが、年齢とともに社会との関わり合いが増えてくるにつれ"自分らしさ"を貫き通す生き方は難しくなってゆくはずです。

それでも数少ない周りの友人たちは成瀬に魅せられつつも暖かく見守り応援している点では、心温るストーリーであるともいえます。

本シリーズは実際の時間の流れと同じ速さで物語が展開してゆくことが予想され、今から3~4年後にやってくる主人公成瀬の就職活動、さらに社会人で活躍するストーリーに期待して気長に待ちたいと思います。