渇きの海
「地球光」に引き続きアーサー・C・クラークの作品を紹介します。
物語の連続性はまったくない独立した作品ですが、偶然にも舞台が"月"であるという点が共通しています。
ちなみにNASAが主導しているアルテミス計画では有人月面探査が計画されており、2040年代には人類が火星探査へ向かう際の中継基地を月面に築くという壮大な内容となっています。
よって地球から最も身近な惑星である月は、今後ますます注目されてゆくはずです。
本作では人類が月へと進出して生活を始めていますが、まだ数万人程度の規模であり、限られた人(ある程度社会的地位の高い人)たちが地球から月への観光旅行に参加するといった時代背景の中で繰り広げられます。
ちなみに本作品は1961年に発表されており、人類初の月面着陸の8年前ということになります。
物語の大筋は、月の観光事業として有名になっている直径100kmにも及ぶ、月独自の細かい砂礫の堆積地である「渇きの海」を遊覧観光するセレーネ号(砂上遊船舶型式坂東一号)の事故、そしてセレーネ号の救出作戦というものになります。
事故の内容は、男女22人を乗せたセレーヌ号は、月では滅多に起きない地殻変動(地震)により砂礫に飲み込まれてしまうというものです。
セレーヌ号の船長ハリスと客室乗務員であるウィルキンズ、さらに偶然にも観光客として乗り込んでいた宇宙探検の元提督であるハンスティーンをはじめ、さまざまな人物が登場します。
また救出側にも月の交通管制センターの技術部長であるローレンス、気難しがり屋のローソン博士など多彩な人物がします。
まるでドキュメンタリーのように緊迫した雰囲気の中でストーリーが展開されてゆきますが、月には大気や水が存在しない、重力が地球の6分の1という特殊な環境に加えて、月の砂礫は粉塵といえるほど細かいものであり、さまざまな制約の中で救出計画を立てる必要性に迫られます。
科学技術に関する描写は既に現代社会においても古いと感じさせるアナログ的な部分もありますが、作品が発表された時期を考えると仕方ない部分があり、個人的にはそこも含めて古典SFの味わいのようなものが感じられて好みです。
砂礫に沈んだ観光船をどのような手段で救い出すのか、船内の乗客たちはピンチをどのように切り抜けるのかといった細かい描写は本作品の醍醐味であり、作品としての完成度は同じ月を舞台にした「地球光」と比べても高く、最初から最後まで読者を楽しませてくれます。
ちなみに原題は「A Fall of Moondust」であり、邦題よりも作品の内容を直接的に示唆した題名になっています。