レビュー本が1000冊を突破しました。
引き続きジャンルを問わず読んだ本をマイペースで紹介してゆきます。

ビジネスエリートの新論語



本書は2016年に発刊されていますが、帯には「20年ぶりの新刊!初の新書!」とあります。

著者の司馬遼太郎氏は1996年に亡くなっていますが、本書は1955年(昭和30年)、産経新聞記者であった著者が本名、福田定一の名で刊行した「名言随筆サラリーマン ユーモア新論語」を元本としています。

つまり著者が本格的な作家活動を始める前に執筆した本ということになり、貴重な資料としての意味と多くのファンたちの要望によって出版された1冊だと思われます。

まず昭和30年当時のビジネス書という視点で見ると、かなり貴重ではないでしょうか。

本書が発表された当時はようやく戦争の傷跡が癒えつつある時期でしたが、高度経済成長期の前夜というタイミングであり、「日本は戦争に負けて大国から4等国へ落ち潰れた」と言われていた時期でもあります。

タイトルから察して本書の内容は論語を紐解きながら、サラリーマン(ビジネスマン)の理想の姿、つまり成果を上げて出世するノウハウが書かれた本ではないかと思いました。

しかし実際に読んでみると、ビジネス書というよりユーモアをり入れたエッセイであり、のちの著書にここまで砕けた文体で書かれた著書は見当たりません。

社長はおろか重役のイスの数は限られたものであり、そこを目指して出世する努力をするより、サラリーマンとして大過なくキャリアを全うするための処世術、また出世しなくとも実現できる幸せを追求する方法といったものが中心に書かれています。

著者自身もまえがきで「一種の"悪書"かもしれない」と語っており、本書よりも元本となったタイトルの方が相応しい内容です。

さすがの著者もこの時から十数年を経て、「東洋の奇跡」と言われる経済成長を果たし、日本が世界第2位の経済大国となることは予想できなかったに違いありません。

昭和30年当時のサラリーマンたちの風景が見れる作品として、一種の古書を読むような気分で読んだほうが楽しめると思います。

また第2部では、職業記者として著者へ大きな影響を与えてくれた先輩、また新聞記者として自身の10年の職歴を振り返った内容が書かれており、こちらは完全に後年の司馬遼太郎としての片鱗が垣間見れる文体で書かれています。

いずれにしても私にとって司馬遼太郎とは、中学生時代に読書と歴史の楽しさを教えてくれた作家の1人であり、その"番外編"という形で楽しませてもらいました。