レビュー本が1000冊を突破しました。
引き続きジャンルを問わず読んだ本をマイペースで紹介してゆきます。

勝つ極意生きる極意


タイトルにある通り"勝つ"、"生きる"をテーマにした津本陽氏による歴史エッセイです。

分かりやすい例でいえばプロスポーツ選手や政治家が現役(現職)を続けるためには勝ち続ける必要がありますが、視点を変えるとそれは多くの人にとっても当てはまります。

勉学(受験)、部活動、さらには社会人になってからの出世争いなど、意識する・しないは別としても、私たちはつねに競争にさらされているといえます。

著者は長年にわたり剣道を学び続け、かなりの使い手でしたが、その勝負の厳しさを次のように表現しています。
それにしても、剣道というものは大変難しい。
試合ではふだんの稽古の半分しか力が出せない。
真剣なら十分の一である。
平常心でいられなくなる。名誉とか、勝たねばならないとか、負けたらカッコわるいとか思うと、それだけで体が動かない。


もちろん著者自身が真剣での勝負を経験したわけではありませんが、肥前大村藩士で維新後に大阪府知事をつとめた渡辺昇の言葉を引用しています。

彼は神道無念流の達人で多くの真剣勝負をくぐり抜けてきた経験を持っていました。
「相手に斬りかかられ、なにをっと刀を抜いたとたん、脳中からすべての記憶は消え失せる。気がつくと前に敵が転がっており、手にした刀には血脂の虹が張っていて、はじめて敵を斬ったのだと気づいたものだ。相手をどのように攻め、いかなる技で斬り伏せたかは、まったく覚えず、五里霧中のことである。真剣勝負というのは、幾度場数を踏んでもそんなものだ。」

これは渡辺に限った話ではなく、新選組有数の剣客として知られた斎藤一も明治になって同じような述懐をしています。

しかし過去には想像を絶する修行を経て、また幾度の真剣勝負をくぐり抜け、勝負の真髄に辿り着いた"剣豪"と呼ばれる人物がいました。

本書ではその具体例として、二天一流の開祖・宮本武蔵と薩摩示現流の開祖・東郷重位を挙げおり、彼らは真剣勝負における恐怖を完全に乗り越え、勝負の真髄を会得した例として紹介されています。

幸いにも現代において両者のうちいずれかが斃れるかの真剣勝負を行う機会はありませんが、著者はこの考え方をビジネスなどの場でも応用できると主張しています。

さらに本書では剣豪だけでなく、色々な視点から勝者となった歴史上の人物をエッセイ中で紹介しています。

一例を挙げると、徳川吉宗曹操大石内蔵助平清盛などです。

彼らの個性はそれぞれ違いますが、いずれも個人の武力ではなく、優れた人心掌握術、統率力を持っていたことは共通しており、本質的にはノウハウやテクニックだけでなく、剣豪たちにとも共通する人間としての本質的な力を持っていたことが分かってきます。

つまり本書は歴史エッセイであると同時に、啓蒙書としても読むことができる1冊なのです。