レビュー本が1000冊を突破しました。
引き続きジャンルを問わず読んだ本をマイペースで紹介してゆきます。

先天性極楽伝


本書の紹介に「長編ユーモア・ピカレスロマン」という文句があります。

ピカレスロマンという言葉を聞き慣れない人も多いと思いますが、16世紀頃のスペインで生まれた悪漢を主人公とした小説作品のことで、アウトローに近い分野でありながらも風刺やユーモアを交えて描かれているのが特徴のようです。

本書はまさしくこうした表現にふさわしい内容になっています。

作品中にはハルカン子という男女の主人公が登場しますが、2人はかつて小学生同士で"結婚"をしていた仲であり、学校卒業後に再会することになります。

この2人に共通するのは、根っからの"ワル"という点と、どこまでも陽気で楽天家という点です。

ほかの登場人物も個性的で、たとえば詐欺を育成する塾を開催するガービー先生、暴力団組長のスットン親分、資産家のブクブク爺さん、チン夫人などが入り乱れて、3億円という現金を争奪するストーリーになっています。

著者は「麻雀放浪記」で知られる阿佐田哲也氏ですが、作品の雰囲気はかなり異なります。

麻雀放浪記」ではバイニン(麻雀玄人)の生きる勝負の世界の厳しさがリアルに描かれていましたが、本作品では暴力的なシーンや複雑な駆け引きのシーンはあまり登場せず、とにかくユーモアのあるドタバタ劇のような感じで物語が進行してゆきます。

前者をヤクザ映画やマフィア映画に例えるなら、後者は落語の滑稽噺、もしくは喜劇のような雰囲気に近いかも知れません。

そして作品中で風刺しているのは、世間のさまざまな社会のルール、慣習、そして道徳という概念をひとまず脇に置いて、自分の欲望へ対してどこまでも忠実で自由に生きてゆく逞しい人間の姿を描きたかったのだと思います。

場面描写よりも登場人物のセリフの掛け合いでテンポよくストーリーが進んでゆくため、落語を聴くように肩肘張らずに気楽に読んで欲しい1冊です。