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引き続きジャンルを問わず読んだ本をマイペースで紹介してゆきます。

観光消滅


私自身しばしば都内へ行くことがありますが、外国人観光客が本当に増えたことを実感します。

テレビでも外国からの観光客が日本のグルメに舌鼓を打ち、その文化に感心する姿が放映される機会が増えています。

一方でオーバーツーリズムによる交通機関や観光施設、飲食店の混雑、さらには宿泊施設の不足と高騰といった問題がメディアに取り上げられることもありますが、彼らが外貨を落としてくれることもあり、全体的には概ね好意的に受け止められている印象があります。

政府としてもインバウンド誘致に力を入れる政策(観光立国推進基本法)に力を入れており、こうした動きをバックアップしているのが現状です。

著者の佐滝剛弘氏は、NHKのディレクターを経て現在は城西大学の観光学部教授を勤める、いわば観光のプロフェッショナルです。

本書ではこうした流れに水を差すわけではありませんが、観光立国と言われている日本各地で起こっている問題、さらには今後日本が観光立国として持続してゆくことへの危機感を中心に論じられています。

たしかに観光という産業は"水もの"である一面があり、コロナ禍により世界的な海外渡航の制限は記憶に新しいですが、日本は世界有数の地震大国で知られている通り自然災害による影響、さらには台湾有事などの地政学リスクの影響に大きく左右される部分があります。

著者はそれに加えて少子化による深刻な人手不足についても言及しています。

観光客を迎えるには、観光地の景観保全、飲食店や土産物店、さらには交通インフラの担い手など多くの人手が必要になります。

本書ではとくに交通インフラについて触れらており、地方の鉄道やバス路線の廃止が相次ぐ現状を具体的を挙げて紹介した上で、観光業界全体に従事する人たちの待遇面での課題、さらに円安が追い打ちをかけて人材の流出が起こり、機能不全に陥ることを懸念しています。

またコロナ禍などで政府が実施した「Go To トラベル」、「全国旅行支援」といった観光業界への政府支援についても検証を行っています。

私自身はこうした制度を利用したことはありませんが、支援に伴い発生した助成金に関する企業不正、予約殺到による混乱などのニュースは記憶に新しい出来事です。

終盤では海外の観光立国の例を挙げて、日本の政策などに活かせるヒントも紹介しています。

そもそも訪日観光客が急増したのは2014年から2015年にかけてであり、コロナ禍の時期を除けば観光立国としての日本はまだ10年にも満たない新興国であるといえます。

本書は観光学の専門家である立場からあえて厳しい苦言を呈している側面が強く、私のように直接観光業界に従事していない読者へ新しい視点を与えてくれます。

またメディアではあまり取り上げられない、そもそも本質的な"観光の意義"とは何か?という問題にも踏み込んで言及しており、著者の大学での講座に参加しているような感覚で観光について色々と考えさせられる1冊になっています。