星への旅
吉村昭氏の初期作品を集めた1冊であり、以下の作品が収録されています。
- 鉄橋
- 少女架刑
- 透明標本
- 石の微笑
- 星への旅
- 白い道
表題にもなっている「星への旅」は吉村氏にとって始めて受賞した(太宰治賞)記念すべき作品です。
のちに歴史小説作家として広く知られることになる著者の作品ですが、その特徴は過度な演出や表現を抑え、まるでその場面が動画や音声で記録されていたかのような錯覚を起こすほど綿密な描写にあります。
私もこうした吉村氏の作品に触れてファンになった経緯があります。
一方で本書に収められているのは歴史小説を手掛ける以前の作品ということもあり、かなり文学的な演出が意識されています。
つまり中期・後期以降の作品とはかなり雰囲気やアプローチが異なっており、良い意味で作家としての若さや野心を感じさせる内容です。
本書の作品はいずれも「死」をテーマにしたものであり、後年の作品にもたびたび登場するテーマではあるものの、本書の作品はいずれも「死」を直接的、かつ真正面から描いているイメージがあります。
個人的に気になった作品を幾つか紹介してみたいと思います。
「少女架刑」は16歳という若さで亡くなった少女の意識が主人公であり、いわば幽体離脱のような形で両親によって自分の身体が病院へ献体され、そこで少しずつ切り刻まれてゆく過程を観察してゆくという、かなり冒険的な試みが取り入れられている作品です。
一方で「透明献体」は、人の死体から肉や脂肪、内蔵を除いて骨だけを取り出し、標本を作り病院や研究機関へ提供する老技師を主人公とした物語であり、先ほどの「少女架刑」とは対を成す作品であるといえます。
「星への旅」は、何不自由なく暮らしている若者たちが将来の目的、言い換えれば生きてゆく意味を見いだせずに「死んじゃおうか」というノリで集団自殺の旅へ出かける物語です。
いわゆる若者たちの衝動的な行動や暴走を描いた作品はほかの同世代の作家にもよく見られる傾向であり、のちに唯一無二の作風を確立してゆく著者が、駆け出しの頃とはいえ時代の流れを意識した野心的な作品を発表していたのが意外でした。
「白い道」は本書の中では唯一の私小説といえる作品であり、著者が戦中に体験した出来事を元にしています。
後年になり、こうした私小説風の短編を数多く発表するようになりますが、本作品はその先駆けとなる記念すべきものとなります。
どれも暗い雰囲気ではあるものの、純文学的な要素の多い作品であり、作家・吉村昭の原点を知る上で本書は欠かせない1冊であることは間違いありません。