月夜の魚
前回レビューした「星への旅」に引き続き吉村昭氏の短編集です。
1作品あたり20ページ程度の分量であり、本書には以下11作品が収録されています。
- 行列
- 蛍籠
- 夜の海
- 黒い蝶
- 月夜の魚
- 弱兵
- 雪の夜
- 位牌
- 干潮
- 指輪
- 改札口
掲載されている作品は発表された時代順であり、昭和44~53年に発表された短編となります。
初期の頃の短編集とは異なり、新人作家らしい野心的な雰囲気はなくなり、いずれの作品も吉村昭らしい安定した印象を受けます。
上記のうち「蛍籠」、「弱兵」、「干潮」は私小説であり、いずれも散発的な自身の経験を元に書かれています。
「蛍籠」では交通事故で亡くなった甥の葬式を、「弱兵」では戦死した4番目の兄について、「干潮」では父親の臨終に立ち会った経験を描いています。
いずれも「死」と関連する作品であり、著者のライフワークとなる歴史小説や戦史小説以外ではもっとも登場する頻度の多いテーマであるように思えます。
ただし著者の視点は死にゆく人の心情を代弁するというよりは、冷静な観察者のような視点から描いているのが印象的です。
それは著者自身が東京空襲で多くの人の死を見てきて、さらに自身も多感な時期に九死に一生を得た大病を患った経験があるだけに、現代に生きる私たちよりも「死」が身近であり、誰もが逃れることのできない生命が終焉するときの現象として客観的に捉えている傾向があると思います。
もっともそれは著者に限らず、戦争を経験した世代には共通する傾向なのかも知れません。
そして「黒い蝶」、「雪の夜」、「指輪」、「改札口」は離婚を素材とした短編小説になっていますが、立て続けに起きた知人たちの離婚に触発されて書いたと著者自身が説明しています。
一方で「夜の海」、「位牌」では複雑な事情があるものの、円満な家庭を描いた対照的な作品であり、バリエーションに富んだ物語で読者を飽きさせません。
1作品あたり10~15分程度で読めるため、本書を枕元に置いて寝る前にスマホを見るよりも、作品を1つ読み終わってから就寝してみるのは如何でしょう?
