集金旅行
本書には井伏鱒二氏の作品が7編収められています。
- 集金旅行
- 追剥の話
- 因ノ島
- 白毛
- 丑寅爺さん
- 開墾村の与作
- 釣り場
最初の「集金旅行」は中編程度の長さがありますが、その他は短編小説になっています。
「集金旅行」では、望岳荘という荻窪にあるアパートの大家が亡くなり、小学生の息子が1人取り残された状態で、彼の生活を成り立たせるために大家と昵懇の仲であった主人公が部屋代を踏み倒して逃げた住人の元へ取り立ての旅へ向かうというものです。
さらにこの旅には同じ望岳荘の住人で中年独身の美人婦人が同道することになります。
彼女はかつての恋人から慰謝料を取り立てるといった別の目的を持っており、変わった組み合わせの2人による集金旅行といったストーリーです。
荻窪は著者の暮らしてた街として有名ですが、彼らが訪れる旅先は広島県、山口県、福岡県の町々であり、彼の出身地(広島県福山市)周辺に集中しています。
そこで2人が出会う人たちはさまざまな事情を持っていますが、訪れる町々の描写についても著者にとって馴染のある風景として、どこか旅情を誘う描写になっており、ストーリー以外にも楽しめる要素になっています。
そのほかの作品についても備忘録的に簡単に触れておきたいと思います。
「追剥の話」では当村大字霞ヶ森周辺に戦後の混乱期に出没した追剥への対策について、自治会の中で話し合いをする様子が描かれています。
この"当村"というのは山に囲まれた集落であり、具体的な名前のない他の作品にも登場する村ですが、著者が戦時中に自主的に疎開を行った山梨県の村がモデルになっていると言われています。
「因ノ島」は知人の招きに応じて訪れた因島での釣り旅行とそこで起こった事件を記しています。
「白毛」では初老を迎え白髪の増えた自身を顧みながら、その白髪と釣りにまつわる苦い思い出をテーマにしています。
「丑寅爺さん」は再び"当村"を舞台にした牛飼い老人の身の上を扱った作品です。
「開墾村の与作」は元禄時代を舞台としており、古文書を元に備後の開墾村での出来事を小説化しています。
「釣り場」では荻窪を舞台にした作品で、日課の釣りをする中で偶然に知り合い出席することになった若いカップルの結婚パーティーでのスピーチを題材にした作品になっています。
井伏鱒二氏といえば短編小説の名手として知られていますが、久しぶりに作品に触れてみて改めて思ったことがあります。
それはどの作品も日常の何気ない出来事を描いているように見えて、ある場面を鮮やかに鋭く切り取ったものが多く、本職の作家であっても簡単には真似できない作品であるという点です。