レビュー本が1000冊を突破しました。
引き続きジャンルを問わず読んだ本をマイペースで紹介してゆきます。

スロ-ライフ


著者の筑紫哲也氏といえば新聞記者出身で、夜の報道番組・NEWS23のキャスターとして長年活躍していた姿を覚えている人も多いと思います。

2008年3月に病気を理由に番組を降板、同年11月に惜しまれつつ死去しています。

筑紫氏はTV番組以外にも文化人としても多方面で活躍しており、NPO法人「スローライフ・ジャパン」の設立に携わり、また出身地である大分県日田市では自由の森大学の学長に就任しています。

本書は月間読書誌「図書」に2005年から全15回にわたり連載された「緩急自在のすすめ」を基に出版されたものです。

例えば私自身もインターネット技術の急速な発展と普及、ファストフードやファストファッションの恩恵を受けている1人であり、間違いなく生活が便利になりました。

一方でこれらが「人類へ幸せをもたらすか」と問われると、必ずしも"YES"と答えられる自信はありません。

大量生産と大量消費を繰り返し、技術革新が戦争へ応用され、ネットの普及が時間と心のゆとりを失わせている側面が確かにあるからです。

こうした風潮へ対していち早く警鐘を鳴らしていたジャーナリストの1人が筑紫氏であり、その想いがタイトルによく表れています。

本書は連載記事を書籍化していることもあり、起承転結で話が進んでゆくのではなく、エッセイ風に細かく論じられるテーマが変わってゆく側面があります。

世界中どこでも均質な飲食物が提供される一方で、得体の知らないものを身体へ取り込み続けることの弊害、またファストフードへ反対する形でイタリアで始まったスローフード運動の紹介、詰め込み式の教育により子どもたちから希望が失われている問題などに始まり、話題はほぼ衣食住全般へと及んでいます。

著者は生涯に渡ってインターネット、Eメール、携帯電話やパソコンといったものに無縁の生活を送っていたようです。

最新情勢にアンテナを張り巡らせるキャスターの素顔としては意外でしたが、それを真似することは(私を含めた)大部分の人にとって現実的ではありません。

ただし著者は"ファスト的なもの"をすべて拒否せよと主張しているわけではありません。

"ファストvsスロー"を良い悪いの一元論で片付けるのではなく、「早起きは三文の得(ファスト)」、「あわてる乞食はもらいが少ない(スロー)」、「早メシも芸のうち(ファスト)」、「急がば回れ(スロー)」など両義的に考えることが重要であり、それらを総括した言葉が連載の題名であり、本書の副題になっている"緩急自在のすすめ"ということになります。

ビジネス書やライフハックと称する記事には"コスパ"、"タイパ"に代表される効率化を追求する内容のものが多いですが、そこで立ち止まって何が自分の幸せにのためになるのかという視点を持つきっかけを本書は与えてくれるのではないでしょうか。

またもう1つ忘れてはならないのが、かなり広がってきた"Sustainability(持続可能性)"という視点です。

つまり資源の消費や環境への負担が少ない生き方を意識することで、私たちの次の世代がより幸せに暮らして行けるよう努力する義務があるといえます。