古今百馬鹿
本書は、遠藤周作こと狐狸庵山人が50代前半の頃に雑誌「オール讀物」で連載していたエッセイを書籍化したものです。
まずは本書の最後に書かれた短いあとがきを引用してみます。
「古今百馬鹿」は今より10年ほど前、つれづれなるままに、日ぐらし硯に向いてチビ筆なめつつ書きつらねた世にも人にも役にたたぬ原稿である。
したがって、読書によって徳をたかめ、知識を磨きたい青年男女にはこの本は何の益もなく、役にもたたざることを、あらかじめ、お断り申しあげる次第である。おわかりか。
柿生の里に庵結べる
世捨人 狐狸庵山人
遠藤周作といえば文学の王道のような重いテーマを扱った長編小説が特徴ですが、狐狸庵山人を名乗ったときには雰囲気がガラリと変わり、ユーモア溢れる軽快なエッセイを書くことで知られています。
遠藤氏と交友の深かった作家たちのエピソードを読む限り、その素顔はかなりのイタズラ好きで、ユーモアに溢れた人柄であったことが窺い知れます。
よって狐狸庵山人と名乗っているときの方が等身大の遠藤周作に近く、本人もそのバランスを取るために雅号(ペンネーム)を用いていたと容易に想像できます。
あとがきに著者自身が何の益もない本と名言していますが。そもそも実益を求めて読書をすることを悪いとは言いませんが、それ以上に私にとって読者は娯楽であり、もっと言えば自由であるべきだと思います。
私自身もスキルや知識を得る手助けとして読書をすることがありますが、やはりこうした場合の読書は楽しさが半減してしまいます。
ともかく「実用性のない本 = 読む価値のない駄本」とみなす意見には反対なのです。
エッセイとはいえ本書ほど肩の力が抜けた作品も珍しく、まさに"つれづれなるままに"書かれています。
日々の出来事、過去の体験談、友人とのエピソードなどエッセイとしは定番のものも多いですが、ときには自分が作った曲(歌詞)や俳句を披露したり、編集者へ対しての愚痴や延々と書くネタが無いとこぼしたり、かなり自由なスタイルで書かれています。
ちなみに著者は50歳そこそこで自らを世捨人であると称しています。
令和の時代から見るとかなり老成している印象を受けますが、本書が執筆された昭和40年代は50を過ぎれば本人や周りも初老という認識を持つ人が多かった時代なのだと思います。
50歳で老け込むには早すぎると思う一方で、大正生まれの人は50歳にもなれば人格的な奥行きや味わいが出てくる人が今の時代よりは多かったとも思うのです。
今の50代には書けない脱力系のエッセイが読みたい人は是非本書を手にとってみることをお勧めします。
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