ラヴクラフト全集 6
H・P・ラヴクラフトの全集第6巻です。
本書には以下の9作品が収められています。
- 白い帆船
- ウルタールの猫
- 蕃神
- セレファイス
- ランドルフ・カーターの陳述
- 名状しがたいもの
- 銀の鍵
- 銀の鍵の門を越えて
- 未知なるカダスを求めて
全集では作品を単純に発表順にまとめる場合もありますが、作品を何らかのテーマ別にまとめる形式の方が一般的なようです。
本書では以下のように解説されています。
本巻には、作者の分身たるランドルフ・カーターを主人公とする一連の作品、および、それと密接に関わる初期のダンセイニ風掌編を収録し、この稀有な作家の軌跡を明らかにする。
私の場合、この表紙扉にある解説を飛ばして本編を読み始めたため、掲載されている作品がことごとくラヴクラフトらしくないため、最初は戸惑いを覚えました。
ラヴクラフトといえば宇宙的恐怖(コズミックホラー)に代表される独自の世界観と作風が有名ですが、時には古典的なホラー小説も手掛けるということは、今まで読んできた全集から分かっていました。
しかし本書に掲載されているのは幻想小説であり、ダンセイニとはラヴクラフトが影響を受けたアイルランドのファンタジー小説作家です。
前述のとおりランドルフ・カーターとはラヴクラフト自身がモデルになっていますが、この男は覚醒した世界(いわゆる現世)では冴えない中年男性ですが、神秘的な世界を自由に旅することができる能力を持っているのです。
しかもそこは単なる異世界ではなく、主人公はそこで人間の知覚では捉えられないほどの時間と距離を旅し、想像を絶するような光景や生き物と出会い、そこに住まう神々を探し求めるというものです。
生前のラヴクラフトは作家としては恵まれない環境、つまり世間から評価されていないことを自覚しつつ、自身が夢想家的な気質を持っていることを客観的に観察して生まれた作品ともいえます。
作品としてはストーリーよりも、その過程で繰り広げられる描写そのものに想像力が求められる作品であり、現代版ギリシア神話といった印象を受ける作品です。
ラヴクラフトは世界中の古代文明や神話に対しても造形が深く、それらを幅広く料理して色々な雰囲気を持つ作品を生み出していった懐の深い作家といえそうです。
ラヴクラフト全集 5
H・P・ラヴクラフトの全集第5巻です。
本書には8作品が収められています。
- 神殿
- ナイアルラトホテップ
- 魔犬
- 魔宴
- 死者蘇生者ハーバート・ウェスト
- レッド・フックの恐怖
- 魔女の家の夢
- ダニッチの怪
全集を読むまでラヴクラフトの作品はストーリーこそ違えど、どれも似たような雰囲気であると思っていましたが、実際には世界観こそ共有ながらも、作風にはかなりの多様性があることが分かってきました。
1作品目の「神殿」はドイツ潜水艦を舞台にしたSFホラー的な雰囲気がある作品であり、迫りくる恐怖と緊迫感の中で乗組員たちの集団心理がよく描かれている作品です。
続く「ナイアルラトホテップ」ではまったく作風が変わり、短編ながらも詩的な雰囲気をもつ散文調で執筆されています。
また「魔犬」には"墓場"、"生ける死者"、"マッドサイエンティスト"といったキーワードが登場する古典的なホラー小説ということができます。
「魔宴」は一人称視点から未知の恐怖を描いてゆくという、典型的なラヴクラフトらしい作品といえます。
後半に登場する4作品は読み応えのある中編~長編小説であり、やはりそれぞれ違った作風と魅力で読者を楽しませてくれます。
ラヴクラフトの作品はのちにコズミックホラー(宇宙的恐怖)という分野を確立したと言われる通り、人間の生きる(理解できる)世界を超越した外宇宙的存在が恐怖の対象であり、それゆえ安易に幽霊やモンスターが登場することは殆どありません。
そういう意味で本書の最後に掲載されている「ダニッチの怪」では、異界より召喚(?)された得体の知れないモンスターが人間や家畜を襲うというラヴクラフト作品の中では珍しい展開のストーリーです。
それでもやはりラヴクラフトらしさを随所に見ることができます。
それは幾つもの難解というよりも不可解な伏線の上に成り立っているストーリーであり、その全貌は作品を読み終えてさえ明らかにされないのです。
ラヴクラフト全集 4
H・P・ラヴクラフトの全集第4巻です。
本書には7作品が収められています。
- 宇宙からの色
- 眠りの壁の彼方
- 故アーサー・ジャーミンとのその家系に関する事実
- 冷気
- 彼方より
- ビックマンのモデル
- 狂気の山脈にて
前半の6作品は比較的短編の作品が収められていますが、その中でも個人的にお勧めは「宇宙からの色」です。
舞台はラヴクラフト作品でお馴染みの架空の町・アーカムの西にある丘陵地帯です。
そこには誰も近寄ろうとしない不気味な焼け野原になっている一帯がありますが、そこを訪れた測量技師がその理由を近所の老人たちに訪ねても誰も口を開こうとしません。
ただ1人、孤立して1人で暮らす老人アミ・ピアースが重い口を開き、その真実を語り始めるのです。。
すべての出来事は宇宙からの飛来した謎の隕石から始まっており、この作品はラヴクラフトらしい怪奇小説というよりSF小説のような雰囲気がありますが、解説を見るとまさにSF雑誌に掲載された作品ということです。
正体不明の恐怖的存在によって日々が少しずつ侵食されてゆくようなストーリー展開が素晴らしく、完成度の高い作品です。
「狂気の山脈にて」はラヴクラフト作品の中で屈指の長編であると同時に、代表作の1つとして知られています。
この作品を執筆した1931年当時の南極大陸を舞台とした作品で、アムンセンが1911年に南極点に到達してからちょうど20年後に執筆されています。
ミスカトニック大学(これもラヴクラフト作品でお馴染みの架空の大学)の調査隊が南極大陸を訪れるところからストーリーがはじまりますが、当時南極について知られていた科学的知識を十分に取り入れることでリアリティあふれる作品になっています。
そこでかつて5000万年も昔から地球を支配していた"古のもの"たちの都市を狂気山脈と名付けられた山中で発見するというスケールの大きな物語です。
はじめて人類が足を踏み入れた場所で人知を超えた技術と生命体を発見するというアドベンチャー的な要素がありますが、何よりもラヴクラフトの持つ独自の世界観がストーリー中において明示されているという点で注目の作品です。
ただラヴクラフトを代表するこの作品でさえ、1度は雑誌への掲載を断られた経歴を持っており、彼が生前いかに不遇であったかを示すエピソードでもあります。
確かに彼が造り上げた世界観はユニークで精密である一方、難解で理解されにくい面があるのは確かです。
それでも宮沢賢治やスタンダールのように生前の評価は低くとも、後世で評価される作家は珍しくなく、ラヴクラフトは時代を先行し過ぎた天才の1人だったように思えます。
ラヴクラフト全集 3
20世紀前半の怪奇小説作家H・P・ラヴクラフトの全集第3巻です。
本書には8作品が収められています。
- ダゴン
- 家のなかの絵
- 無名都市
- 潜み棲む恐怖
- アウトサイダー
- 戸口にあらわれたもの
- 闇をさまようもの
- 時間からの影
訳者によれば本巻にはラヴクラフトが盛んに作品を創作していた各時期の代表作品が収められているといいます。
とくに「無名都市」、「時間からの影」の2作品には、後にクトゥルフ神話が構成されてゆく上で欠かせない世界観が描かれている作品といってよいでしょう。
具体的には人類が誕生するはるか昔に地球上で繁栄した種族たちの存在をそれぞれ違った角度から描いています。
まるでスタートレックのようなSFのような世界ですが、ラヴクラフトの特徴はそれを外見を含めて人間たちの理性や知性を超えた存在として、有史以前の古代文明と結びつけて描いている点です。
正気の人間が彼らの知識を理解するのは不可能という前提があり、広大な宇宙における人間の存在はまったくの無力であるという点はどの作品にも共通しており、ラヴクラフトの作品がコズミックホラー(宇宙的恐怖)というジャンルを確立させたといわれる所以です。
「家のなかの絵」、「闇をさまようもの」の2作品は伝統的なホラー小説であり、ストーリーそのものを楽しめる作品に仕上がっています。
「潜み棲む恐怖」、「戸口にあらわれたもの」は典型的なラヴクラフト作品であり、未知の恐怖に魅せられ、やがて破滅してゆく人間の過程が前者では一人称で、後者は三人称の視点で描かれており、ファンが安定して楽しめる作品になっています。
「ダゴン」、「アウトサイダー」はいずれも10ページくらいの作品ですが、短編ならではのインパクトのある作品になっています。
手軽にラヴクラフト作品に触れてみたいという人にとってお勧めの作品ではないでしょうか。
そして最後にはラヴクラフトが自らの経歴を紹介した文章を履歴書として掲載しています。
生前は殆ど評価されなかったホラー小説作家ということもあり、少し偏屈で変わり者という性格が垣間見れるものの、そこがまた彼らしくもありファン必見のうれしい付録です。
ラヴクラフト全集 2
20世紀前半の怪奇小説作家H・P・ラヴクラフトの全集第2巻です。
本書には以下の3作品が収められています。
- クトゥルフの呼び声
- エーリッヒ・ツァンの音楽
- チャールズ・ウォードの奇怪な事件
まず「クトゥルフの呼び声」はラヴクラフトの世界を体系化した「クトゥルフ神話」を冠した作品となり、その世界観を知る上で欠かせない作品です。
クトゥルフは人類が出現するはるか昔より地球を支配していた"古き神"であり、何らかの事情により海底奥深くで眠りについています。
ただクトゥルフには寿命どころか時間さえも超越した存在であり、眠りについてさえ感受性の強い人間の夢に姿を現して語りかけることが出来ます。
そしてクトゥルフを信仰する「クトゥルフ教団」なるものが世界各地に存在し、怪しげでおぞましい儀式を今でも続けています。
もちろん普通はそうした秘密を一般人が知ることはありませんが、たまたま好奇心の強い人間がその秘密を知ることになり、その彼が残した手記が作品という形をとっています。
手記の中で人間の想像をはるかに超越した超自然、超宇宙的な秘密が徐々に明らかになってゆくのです。
「エーリッヒ・ツァンの音楽」は本書の中ではもっとも短い作品であり、ラヴクラフトの特徴であるコズミックホラーというより、古典的な怪奇小説の雰囲気が漂う作品です。
「チャールズ・ウォードの奇怪な事件」はラヴクラフトの残した作品の中でも指折りの長編であり、過去と現在を往復しながら壮大な秘密が明らかになってゆきます。
物語はある青年の好古趣味がきっかけに始まりますが、それが記録から抹殺された先祖の経歴、そして古代の神秘へと繋がってゆき、青年は怪奇と恐怖に満ちた世界の深淵へ魅せされてゆくのです。
「真実を探求する」といば聞こえは良いですが、ラヴクラフトの世界において人類にとって"真実"とは知っていはいけない禁忌であり、その深淵を覗き込んだ人間は狂気の世界へ足を踏み込むことになるのです。
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