本と戯れる日々


レビュー本が1000冊を突破しました。
引き続きジャンルを問わず読んだ本をマイペースで紹介してゆきます。

旅人の表現術



冒険家といえば未踏峰の山頂を目指す、登攀で新ルートを開拓する、またはヨットで世界一周など、一般人にも理解しやすいゴールを設定することが一般的なように思えます。

しかし本書の著者である角幡唯介氏は、ヒマラヤ山中に謎の雪男を探しに出かけたり、地図の空白部分を埋めるためチベット奥地の峡谷へ出かけたり、100日以上も北極の氷の上でソリを引きながら歩き続けるなど、普通の人には少し理解しにくい独自の目的を持って冒険に挑みます。

私自身は先鋭的な登山家やクライマーの物語も好きですが、こちらは前人未到の記録を目指す挑戦であり、角幡氏のそれは記録よりも物語性を重視した挑戦であると言え、どちらのスタイルもありだと思います。

もちろんいずれの冒険も命の危険性を伴うものであることは変わりありません。

本書はそんな角幡氏が雑誌に掲載した記事、対談、本の解説などを1冊にまとめたものです。

よく冒険家たちの無謀とも思える挑戦を耳にすると、なぜあえて命の危険を冒すのかというシンプルな疑問が出てきますが、角幡氏は次のように答えています。
生活から死が排除された結果、現代では死を見つめて生を噛みしめるためには冒険にでも出るしかなくなった。冒険に出ると死のない生活が虚構であることを、経験をもって知ることができる。

逆に言えば、戦争によって、もしくは食糧や医療サービス、生活インフラが不十分であるため死がつねに隣り合わせにあるような日常であれば、人は冒険する必要が無いということになります。

もちろん大多数の人は平和で便利な生活を送れることを望みますが、それゆえ動物が本来持っている直感や本能的な能力が失われて、生の実感が希薄になるという点は理解できる気がします。

一方で角幡氏も結婚して子どもが生まれることで心境が変化してゆき、時間とともに冒険との関わり方も変化が出てきていることが分かります。

著者は冒険家であると同時にノンフィクション作家でもあり、今後も読者を楽しませてくれる作品を生み出してくれることに期待しています。

ラヴクラフト全集 7



H・P・ラヴクラフトの全集もいよいよ最終の7巻です。
本書には13作品と若き日の作品、そしてラヴクラフトが友人宛に自分の見た夢を伝えている書簡が収録されています。

  • サルナスの滅亡
  • イラノンの探求
  • 北極星
  • 月の湿原
  • 緑の草原
  • 眠りの神
  • あの男
  • 忌み嫌われる家
  • 霊廟
  • ファラオとともに幽閉されて
  • 恐ろしい老人
  • 霧の高みの不思議な家
  • 初期作品
  • 夢書簡

    • 私小説を手掛ける作家の全集を読めば、必然的にその作家自身の生い立ち、そして思考してきことが大体分かるのですが、怪奇小説というジャンルで活動を続けてきたラヴクラフトの場合にもそれは当てはまりそうです。

      ラヴクラフトは46歳という若さで亡くなり、彼の作家としての活動は正味15年程度と決して長い期間ではありません。

      それでも多くの作品を残しており、のちにコズミックホラーと呼ばれるジャンルの先駆者としての作品が世の中に知られていますが、クラシックなホラー小説、ダンセイニ風と言われる壮大な幻想小説、さらにこれらの要素が少しずつミックスされた作品もあり、この全集によってラヴクラフトが幅広い作風を持っていることが分かります。

      現実世界のラヴクラフトは世間に評価されることもなく、その結果として経済的にも余裕がある生活とは縁遠かったようですが、うまくいかない現実へ対する不満や怒りを作品へ投影するタイプの作家ではありませんでした。

      物質的な豊かさをそれほど重要視せず、想像や空想の世界に思いを馳せ、それを作品として描き続けてきた人生のように思えます。

      本書の後半にラヴクラフトの初期作品が5つほど収録されていますが、どれもストーリーやシチュエーションがわかり易く描写されており、かなり読みやすい作品です。
      しかし作家としての成熟期に入れば入るほど、婉曲的で難解な表現へと変化してゆき、作品に奥行きと独特の雰囲気が出てくるのが翻訳版の作品を通してでも分かります。

      これははじめは単純に作家としての技量が充分でなかっただけでなく、万人受けするストーリーを作り上げようとした野心もあったような気もします。

      子どもには大人より圧倒的に空想にふける時間が多いですが、ラヴクラフトの場合は成熟すればするほど想像力が増してゆき、同時に作家としての研ぎ澄まされた創造力となって現れたような気がします。

      つまり表面的に彼を悲運の作家として評価するのは短絡的なのかもしれません。

      さらに彼は本書に掲載されている夢書簡から分かるように、自分の見た夢からも作品を生み出してることも分かります。

      私が小説を書くとすれば、感覚ではなく理論的にストーリーを組み立ててゆくと思います。
      しかしラヴクラフトは夢や空想といった出発点から物語性よりも、世界観や雰囲気を重視して作品を創り上げられる稀代の作家だったように思えてなりません。

ラヴクラフト全集 6



H・P・ラヴクラフトの全集第6巻です。
本書には以下の9作品が収められています。

  • 白い帆船
  • ウルタールの猫
  • 蕃神
  • セレファイス
  • ランドルフ・カーターの陳述
  • 名状しがたいもの
  • 銀の鍵
  • 銀の鍵の門を越えて
  • 未知なるカダスを求めて

    • 全集では作品を単純に発表順にまとめる場合もありますが、作品を何らかのテーマ別にまとめる形式の方が一般的なようです。
      本書では以下のように解説されています。

      本巻には、作者の分身たるランドルフ・カーターを主人公とする一連の作品、および、それと密接に関わる初期のダンセイニ風掌編を収録し、この稀有な作家の軌跡を明らかにする。


      私の場合、この表紙扉にある解説を飛ばして本編を読み始めたため、掲載されている作品がことごとくラヴクラフトらしくないため、最初は戸惑いを覚えました。

      ラヴクラフトといえば宇宙的恐怖(コズミックホラー)に代表される独自の世界観と作風が有名ですが、時には古典的なホラー小説も手掛けるということは、今まで読んできた全集から分かっていました。

      しかし本書に掲載されているのは幻想小説であり、ダンセイニとはラヴクラフトが影響を受けたアイルランドのファンタジー小説作家です。

      前述のとおりランドルフ・カーターとはラヴクラフト自身がモデルになっていますが、この男は覚醒した世界(いわゆる現世)では冴えない中年男性ですが、神秘的な世界を自由に旅することができる能力を持っているのです。

      しかもそこは単なる異世界ではなく、主人公はそこで人間の知覚では捉えられないほどの時間と距離を旅し、想像を絶するような光景や生き物と出会い、そこに住まう神々を探し求めるというものです。

      生前のラヴクラフトは作家としては恵まれない環境、つまり世間から評価されていないことを自覚しつつ、自身が夢想家的な気質を持っていることを客観的に観察して生まれた作品ともいえます。

      作品としてはストーリーよりも、その過程で繰り広げられる描写そのものに想像力が求められる作品であり、現代版ギリシア神話といった印象を受ける作品です。

      ラヴクラフトは世界中の古代文明や神話に対しても造形が深く、それらを幅広く料理して色々な雰囲気を持つ作品を生み出していった懐の深い作家といえそうです。

ラヴクラフト全集 5



H・P・ラヴクラフトの全集第5巻です。
本書には8作品が収められています。

  • 神殿
  • ナイアルラトホテップ
  • 魔犬
  • 魔宴
  • 死者蘇生者ハーバート・ウェスト
  • レッド・フックの恐怖
  • 魔女の家の夢
  • ダニッチの怪

    • 全集を読むまでラヴクラフトの作品はストーリーこそ違えど、どれも似たような雰囲気であると思っていましたが、実際には世界観こそ共有ながらも、作風にはかなりの多様性があることが分かってきました。

      1作品目の「神殿」はドイツ潜水艦を舞台にしたSFホラー的な雰囲気がある作品であり、迫りくる恐怖と緊迫感の中で乗組員たちの集団心理がよく描かれている作品です。

      続く「ナイアルラトホテップ」ではまったく作風が変わり、短編ながらも詩的な雰囲気をもつ散文調で執筆されています。

      また「魔犬」には"墓場"、"生ける死者"、"マッドサイエンティスト"といったキーワードが登場する古典的なホラー小説ということができます。

      魔宴」は一人称視点から未知の恐怖を描いてゆくという、典型的なラヴクラフトらしい作品といえます。

      後半に登場する4作品は読み応えのある中編~長編小説であり、やはりそれぞれ違った作風と魅力で読者を楽しませてくれます。

      ラヴクラフトの作品はのちにコズミックホラー(宇宙的恐怖)という分野を確立したと言われる通り、人間の生きる(理解できる)世界を超越した外宇宙的存在が恐怖の対象であり、それゆえ安易に幽霊やモンスターが登場することは殆どありません。

      そういう意味で本書の最後に掲載されている「ダニッチの怪」では、異界より召喚(?)された得体の知れないモンスターが人間や家畜を襲うというラヴクラフト作品の中では珍しい展開のストーリーです。
      それでもやはりラヴクラフトらしさを随所に見ることができます。

      それは幾つもの難解というよりも不可解な伏線の上に成り立っているストーリーであり、その全貌は作品を読み終えてさえ明らかにされないのです。

ラヴクラフト全集 4



H・P・ラヴクラフトの全集第4巻です。
本書には7作品が収められています。

  • 宇宙からの色
  • 眠りの壁の彼方
  • 故アーサー・ジャーミンとのその家系に関する事実
  • 冷気
  • 彼方より
  • ビックマンのモデル
  • 狂気の山脈にて

    • 前半の6作品は比較的短編の作品が収められていますが、その中でも個人的にお勧めは「宇宙からの色」です。

      舞台はラヴクラフト作品でお馴染みの架空の町・アーカムの西にある丘陵地帯です。

      そこには誰も近寄ろうとしない不気味な焼け野原になっている一帯がありますが、そこを訪れた測量技師がその理由を近所の老人たちに訪ねても誰も口を開こうとしません。

      ただ1人、孤立して1人で暮らす老人アミ・ピアースが重い口を開き、その真実を語り始めるのです。。

      すべての出来事は宇宙からの飛来した謎の隕石から始まっており、この作品はラヴクラフトらしい怪奇小説というよりSF小説のような雰囲気がありますが、解説を見るとまさにSF雑誌に掲載された作品ということです。

      正体不明の恐怖的存在によって日々が少しずつ侵食されてゆくようなストーリー展開が素晴らしく、完成度の高い作品です。

      狂気の山脈にて」はラヴクラフト作品の中で屈指の長編であると同時に、代表作の1つとして知られています。

      この作品を執筆した1931年当時の南極大陸を舞台とした作品で、アムンセンが1911年に南極点に到達してからちょうど20年後に執筆されています。

      ミスカトニック大学(これもラヴクラフト作品でお馴染みの架空の大学)の調査隊が南極大陸を訪れるところからストーリーがはじまりますが、当時南極について知られていた科学的知識を十分に取り入れることでリアリティあふれる作品になっています。

      そこでかつて5000万年も昔から地球を支配していた"古のもの"たちの都市を狂気山脈と名付けられた山中で発見するというスケールの大きな物語です。

      はじめて人類が足を踏み入れた場所で人知を超えた技術と生命体を発見するというアドベンチャー的な要素がありますが、何よりもラヴクラフトの持つ独自の世界観がストーリー中において明示されているという点で注目の作品です。

      ただラヴクラフトを代表するこの作品でさえ、1度は雑誌への掲載を断られた経歴を持っており、彼が生前いかに不遇であったかを示すエピソードでもあります。

      確かに彼が造り上げた世界観はユニークで精密である一方、難解で理解されにくい面があるのは確かです。

      それでも宮沢賢治スタンダールのように生前の評価は低くとも、後世で評価される作家は珍しくなく、ラヴクラフトは時代を先行し過ぎた天才の1人だったように思えます。