ドキュメント 屠場
人は無意識のうちに、そして大人になればなるほど多くの偏見を身につけてゆきます。
周りの人々の意見、マスコミの発言、政府の発表の中にさえ偏見を助長するような内容が含まれているのが現実です。
「ドキュメント 屠場」というストレートな題名を目にして本書を手にとった私も牛や豚を屠殺する"屠場"という言葉に好奇心を抱くと共に無意識の偏見を抱いていたことを否定することは出来ません。
現在は「食肉市場」などの名称が使われ、「屠場」という言葉が使われることはほとんどありませんが、あえてこの題名を名付けたところに著者の強い意志を感じることができます。
なぜ屠殺を生業にする人々が差別視されるに至ったのか?
そこには日本人の宗教観、その延長線上にある被差別部落の問題などが複雑に関係していますが、それを詳細に解き明かしてゆくのは本書の役目ではありません。
まず本書を読むことによって、生きている牛や豚が運ばれどのような過程で枝肉、内臓(ホルモン)、そして革へ加工されてゆくのか、その詳細な流れを知ることができます。
もちろん現場を見学するに越したことはありませんが、本書には写真や工程図も掲載されており、紙面で擬似的な工場見学を体験することが出来ます。
また加工の各過程が職人(仕事師)たちの高度な技術によって支えられていることも紹介されています。
例えば"牛の皮剥ぎ"1つとっても、1人前になるまでには3年はかかると言われています。
職人たちの高度な技術はそのまま彼らの高い職業意識、つまりプライドとモラルへと直結してゆきます。
"屠場"で働く職人たちは高い団結力と意欲に溢れており、それは著者のインタビューからも伝わってきます。
一方で彼らが"屠場"で働いているということだけを理由に不当に差別された経験も語っています。
私たちがスーパーや焼肉屋で美味しい肉を購入したり食べることができるのは職人たちの熟練の技術と大変な労力のおかげであり、感謝することはあれど偏見などもってのほかという単純な事に気付かせてくれます。
本書は普段あまりスポットを浴びることのない"屠場"を扱った秀逸なドキュメンタリーであり、私のように漠然としたイメージしか抱いていなかった読者にぜひ手にとって読んで欲しい本です。
最後に私たちが無知なために差別的な発言をしてしまいがちな点を、本書の中で職人が次のようにインタビューに答えていますので引用してみます。
~中略~
さいきんでは、Kという出版社から『沖縄決戦』という劇画本が出されて、「日本軍はまるで屠殺される為にやってきたようなものだった」とか。屠場はひどい所という偏見が当たり前のように煽られてしまうんですよ。まだけっこうありますよ、そんなことが。死体が転がっているのが、まるで"屠殺場"のようだとか。うちの職場に人間の死体が落っこっているわけないのに。
~中略~