レビュー本が1000冊を突破しました。
引き続きジャンルを問わず読んだ本をマイペースで紹介してゆきます。

灰色の月/万暦赤絵

灰色の月/万暦赤絵 (新潮文庫 し 1-6)

今回で3作品続けての志賀直哉氏の作品レビューです。

前回紹介した「小僧の神様―他十篇」は前期を代表した短篇集ですが、今回紹介する短篇集は昭和3年~38年の間に発表された後期の短編が収録されています。

本書には23編もの作品が収録されています。

  • 豊年虫
  • 鳥取
  • 池の縁
  • 万暦赤絵
  • 日曜日
  • 朝昼晩
  • 菰野
  • 早春の旅
  • 灰色の月
  • 実母の手紙
  • 秋風
  • 山鳩
  • 目白と鵯と蝙蝠
  • 妙な夢
  • 朝の試写会
  • 自転車
  • 朝顔
  • いたずら
  • 夫婦
  • 白い線
  • 八手の花
  • 盲亀浮木

後期の作品ということもあり、私小説に関しては明らかな変化が見られます。

それは鋭い心理描写や起伏が影を潜め、安定した視点で物事を観察するようになっている点です。

内容も私小説というより旅行エッセーに近い内容のものが多く占められており、全体的に落ち着いた雰囲気で書かれています。

これは作風の変化によるものではなく、作者自身が年齢を追うごとに自然に生じた"心境の変化"というべきものでしょう。

たとえば本書に収められている74歳のときの作品「八手の花」に次のような一節があります。

私は前から画家は死ぬまで描く事が出来るが、小説家は死ぬまで小説を書くというわけには行かないものだと決めていた。
体力から言っても年をとって小説を書くのはつらい事である。その上、私自身の場合でいえば人事の煩瑣な事柄が段々厭になって来た。そういう事を総て避けていては所謂小説は書けない。その点、画家の仕事は遥かにいい。
自分が厭だと思うものまで描かなくてもいい。自然を対手に美しいと感じたものを描いていればいいのだから、画家は幸福だ。

もちろん若い頃の鋭い視点で描かれた作品を好むファンが多いかも知れませんが、静かに老小説家の作品を味わう機会があっても良いかも知れません。