レビュー本が1000冊を突破しました。
引き続きジャンルを問わず読んだ本をマイペースで紹介してゆきます。

小僧の神様―他十篇

小僧の神様―他十篇 (岩波文庫)

岩波文庫から発売されている志賀直哉の短篇集です。

前回は「和解」という中編小説を紹介しましたが、志賀氏の作品は圧倒的に短編が多く、本書はその中でも代表的な作品が収録されています。

つまり志賀直哉の作品をはじめて読む人にとって最適な1冊であり、以下の11篇が収録されています。

  • 小僧の神様
  • 正義派
  • 赤西蠣太
  • 母の死と新しい母
  • 清兵衛と瓢箪
  • 范の犯罪
  • 城の崎にて
  • 好人物の夫婦
  • 流行感冒
  • 焚火
  • 真鶴

どれも短編という限られた紙面の中で無駄を削ぎ落した洗練された作品に仕上がっています。

場面や心理がどれも鮮やかに描写されており、読者がすぐに小説の世界へ入り込むことの出来る点は、創作小説であっても私小説でも共通しています。

描写される小説の背景がはっきりと輪郭を持っているため、たとえば志賀直哉の私小説を数編読むだけで、作者の育った環境などをかなり正確に把握することができます。

そこには当然のように微妙な心の屈折をも鮮やかに描写されていますが、たとえば太宰治のように人への好悪、作家としての苦悩といった混沌とした生々しい心理描写が登場する頻度は圧倒的に少ないようです。

こうした"アクの少なさ"が小説作品としての純度を高めていると評価することも、実体験を着色した"綺麗事"と批判することもできる、つまり読者の好みによって異なる部分ではないでしょうか。

それでも夏目漱石芥川龍之介から評価された志賀直哉の文才が本物であることは本書から伝わってきますし、私個人は本書を充分に楽しむことができました。

ストーリーの濃度が高い分、作者が適当と思われる場面で淡白にあっさりと幕引きする部分も共通しており、あえて結末をはっきり書かず、読者へ余韻を残す作者の意図をはっきりと感じます。

そうした意味では「小僧の神様」、「赤西蠣太」、「城崎にて、「焚火」あたりが私個人の好みに合う作品です。