レビュー本が1000冊を突破しました。
引き続きジャンルを問わず読んだ本をマイペースで紹介してゆきます。

輪違屋糸里 下

輪違屋糸里 下 (文春文庫)

上巻に引き続き「輪違屋糸里」のレビューです。

多くの作家たちが新選組を題材にした小説を書いてきましたが、浅田次郎氏の描く新選組の隊士たちはとりわけ個性を放っています。

明治維新史を通史として見ると新選組は佐幕攘夷尊王といった幾つかの要素を持ちつつも、大まかに区分すれば徳川幕府の体制維持を目的とした過激な保守派勢力であり、維新志士たち(急進的な尊王派)に恐れられた手練の剣士たちといったイメージになります。

しかし実際の新選組の隊士たちの性格は十人十色であり、無骨で一途な近藤勇、冷静沈着な策士である土方歳三、善悪の価値観を超えて天衣無縫な沖田総司といったイメージに代表される彼らをより小説的(個性的)に描いたのが、浅田次郎氏の新選組といえます。

従来まで我の強い乱暴者として片付けられてしまう芹沢鴨についても同様であり、彼がどのような心理・背景で狼藉を働くに至ったのかを丁寧に描写しています。

それは従来の芹沢鴨へのイメージが一変してしまうような、つまり敵役から愛着のあるキャラクターへ一変してしまうようなインパクトを読者へ与えます。

さらに本作の主人公となる糸里の他に、音羽吉栄といった個性豊かな芸妓たち、お梅お勝おまさといった女性が新選組の隊士たちに負けないほどの強烈な個性を持って書かれており、従来の"男の世界"といった新選組の歴史小説のイメージを見事にひっくり返しています。

上下巻の長編にも関わらず本作品で描かれている歴史の時間進行はたった3ヶ月に過ぎず、それだけ丁寧に濃密に書かれた小説であるといえます。

大河ドラマのような壮大なストーリーを描いた歴史小説も面白いですが、"歴史の瞬間"に強烈なスポットライトを当てた本書のような歴史小説も良いものです。